「あんたのお母さんから、いつもきついこと言われて

ばあちゃんはそのたびに泣きよった。

それを私がいつも、

『あんた、それは病気が言わせよるんやけ、あんたが耐えてあげな』

って慰めてやりよったとよ」


 

先日、母方の祖母の通夜の席で、

亡くなった祖母の姉にあたる人から言われた。

私の弟も言われたらしい。

 

なので、私はこう返した。

 

「4日前に病院にいったら、おばあちゃんが

『Kちゃんは子育て上手やね。だいたいあんたの母さんが子育て上手やったもん』

ってほめてくれたんです(#^.^#)

だから私は『その母さんを育ててくれたのはおばあちゃんでしょ。いきなり4人の子供の母親になって大変だったよね。そしてNねえちゃんを産んでくれてありがとう。母さんも女兄弟ができて寂しくなかったと思うよ。』って言ったんですよ」


 

母と祖母は血がつながっていない。

母が小学5年生の時、本当の母親を亡くし、

新しく来たお母さんが、今回亡くなった祖母だった。

祖母は祖父との間に女の子一人を産んだ。

だから母は5人兄弟。

色々は苦労は、母からよく聞いていたが、

人生ってそんなもんだろう。



 

で、母は祖母から子育て上手って言われてたけど、

けっしてとっても素晴らしいという意味ではない。

やらかしてくれたこともたくさんあった。


 

父が私の出産費用を出さないって言ってた、って教えてくれたし、

私が新生児の頃、全身低温やけどをしたとき、一緒に首をつって死のうと思ったと言うし、

時には手が出るしつけをされたし、

父のDVもあったし、

姑とのつかみ合いのケンカもみたし、

と、色々と思い出そうと思えば、あるけど(#^.^#)


 

でも、子育てを上手にできない人だったの。

できるのにしない人じゃなくって、

できない人。

 

私だって、どれだけ上手にできるか、と言われると、

まあ、どんぐりの背比べほどで

両親とそんなに変わらないと思う(^-^;



 

だから、いいんだ~

私は幸運にも、結婚して子供を二人産むことができて

今、高校生と中学生にまで育ててきて。

しかも一人は自閉症の子だけど「どこが自閉症?」ってやっぱり告別式でも言われたりして、と、

自分なりの子育てを経験できて。



 

自分のインナーチャイルドを癒すって文を今日見たとき。

傷ついている、私って、いつごろ?と思うと、

なんと、小学校一年生の時が出てきた。

朝、学校に行っている途中、

今まで通っていた幼稚園の前の駐車場でこけたのだった。

で、痛くて、立てなくて、一緒に行っているお友達も困っている、という場面だった。


 

実際の過去の私は、しばらくして、お友達と一緒に学校に行ったんだけど、

でも、心の中の私は今でもそこにいるようだった。

 

「今までだったら、助けてくれる先生たちが、今は遠い存在(>_<)」って傷ついている。


 

だから、大人の私がその子に話しかけた。

 

すると、その子は今日はもっと心の中を教えてくれた。

 

「学校に行きたくない~!!」」って。

今の私なら、言える。

「学校行かんでいいよ、休んで一緒に遊ぼう。今から幼稚園の木のところに行こう」

大きな楠があって、幼稚園時代、いつもその根っこに座っているだけの子供だった私。


 

なんで学校いや?って聞くと、

だって、初めてのことって苦手なのに、初めての子供だから親が色々と教えてくれない、

それに「い」で始まる苗字だから、いつも出席番号が一番で、それだけの理由でクラス委員長にならされたり、注射も一番にさせられるし(昔はインフルエンザの予防接種は学校でしてたの!集団接種)なんか、よく分かっていないのに、色々とさせられて、もう、イヤ!!!って。怒ってた。


 

そうね~自閉症の子って、初めてのことは苦手なんだよね~

それなのに、色々と要求されてつらかったよね。

それプラス親がいっぱいいっぱいだったから、

あまり困らせたらいけないって、空気を読もうよもうとして

必要以上に神経が疲れていたよね、

学校も騒音がうるさいし、

いじめもたくさんされたし、

もう、学校やめてよし!!!

 

そう語り掛けると、

ちょっと落ち着いた。


 

それから

「あなたが今(小学校一年生)になるまで、

どんな流れで来たかを説明してあげようね」

と言って、

私が経験したことを話てあげた。

 

私が長男を出産したときの気持ち、

生まれてからの生活、

まるで、私が私を育てているように

気持ちを話した。


 

おなかの中にいるとき、

「お父さん(私の夫)は、とっても優しい人だから、お父さんに似てね。

お母さんは目がとってもいいから、目だけはお母さんに似たほうがいいよ」

って話かけたり、

 

出産する病院には、お父さん(夫)やおばあちゃん(私の母)がずっとついていてくれて、みんなが出てくるのを今か今かと待っていたんだよ。23時間かかって出てきたね。

って言ったり、

 

生まれてからは、抱っこしていないと寝ない子だったから、お母さん(私)は眠いな~と思いながら抱っこしている赤ちゃんの顔を見ていたよ、

とか、

 

弟(私の次男)を産むとき、もうちょっと二人だけの時間を楽しめばよかったかなって、思ったけど、家族が増えるともっと楽しくなるよ~って思ったから、弟が生まれてきたんだよ、

って。

 

それから幼稚園に通って、神社の経営する幼稚園だから、もうその頃から神様が可愛がってくれていたんだよ、だから、学校に行く途中、本当は神様は神社から心配して慰めてくれていたのに、気づかなかったんだよ。幼稚園の先生は人間だから、残念ながら気づいていなかったけどね。


 

そんな風に話していたら、

 

あ~私、結婚して、子どもを産むって経験をして良かった、

そう思った。

(この夫と結婚できなかったら、もう誰とも一生するつもりはない、そう思っていたから。)



 

結婚って、一人ではできないこと。

夫がいて、その先祖がいて、できたこと。

 

だから、ありがとう、を直接言いたくなって、

夜、お米を買いに行こう、と誘った時に、

夫に、上のような通夜からの話をして「ありがとう」を言った。


 

夫は、フツーの人なので、

こんな話しても、

よく理解できない人なんだけど、

できない人なんだから、しかたがない。


 

「私はフツーの人と結婚してよかった。」

といった。

 

「自分はフツーじゃないって思ってるの?」

と夫が聞くので、

 

「そう、かなり人と違うと思う。

でも、それでいいと思ってる」

と言った。


 

私がフツーじゃないとは、

夫は気づいているみたいなので、

やっぱりこの時も何と返していいか、わからないみたいだったけど。

それでいいんだ~。


 

私が波瀾万丈なだけに、

子育てするには、

フツーの人が必要だったから。





 

そういえば、

告別式の日の朝。

私一人だけ早く会場に着くと、

母の兄弟たちだけがいた。

そこに私がまざって、

おじおばは、なんとなく嬉しかったみたいだった。

まるで、かつての、兄弟だけで集まった時みたいに。


 

母も祖母も、喜んでいると思った。