今朝見た夢は、

なんだか不思議だった。



高野山に行っている。

「ああ、また来れてよかった~

本当に、高野山って、愛にあふれているな~」

そう思って歩いている。


実際の高野山というより、

のどかな田舎道、

道端の小さな花を見て

歩いていた。


なぜそこを高野山と思ったのかわからないが。




識子さんの本

「ひっそりとスピリチュアルしています」

同じタイトルの、ブログもあって

よく見ている。



その中の

「神とは何か」

という文章がある。


ここで言われている神は、

神社の神様じゃなくって、

一神教で言われるGODのこと。

唯一無二の、絶対神の、神。



神社の神様は、

霊格の高い高級霊、

人間に転生したことのない高級自然霊、

と説明されていて、

神とは別の存在と説明されている。




この、神って、

(神社の神様と区別するために、あえて呼び捨てにされているらしい)

一人ひとり、全員に深い愛情を注ぎ、常に全員を見てる。

それは親の愛情よりもはるかに濃く深い愛であり、本当に大事に思ってくれている。

そして、ここのの奥底まですべてが見えるので、ある意味本人よりも本人のすべてを知っている。

そうで。


識子さんの説明はとってもわかりやすくて、ありがたい。




この神についての説明。


お天気のいい日、てくてく歩いていてふと見かけた一軒の家。

美しく咲く花、裕福とはいえないその家で

丁寧に手入れされている花や庭をみて

識子さんは

「ああ、これが神なのだ」

と雷に打たれたような衝撃を受けた、といわれている。




神が、この家の住人(おそらくお年寄りであろう)を可愛く思うので、

このようにきれいな花を咲かせた、

その愛情を注いで、生かしてあげる、

これが神なのだと。



このエピソードを読んで、

宮本輝さんの

「異国の窓から」という本を思い出した。



「ドナウの旅人」という小説を書くために行った

取材旅行。

当時まだ共産圏の強いヨーロッパを旅した旅行記。

エッセイのようなもの。



その中に、

不安神経症の発作を心配しつつ旅をする宮本さんの姿がある。

不安神経症をあまり詳しくしらないが、

突然死への恐怖、死を選びたくなるということが書かれていた。

(と思う。今手元になくて、確認できないが)



現在ならパニック症候群っていうのかな?



宮本さんの発作が旅行中に起こってしまった。


その時、道端で花を売っている親子を見たとき

発作が治まった、という記述がある。

ただ、その親子をみただけで

心に何かが突き刺さったのだろう。



私は、それこそが、神の愛だったのではないかな、

と思った。

愛に触れ、心の落ち着きを取り戻す。



私も、時々、気分がどうしようもなく落ちこむときがあって

もう死にたい、というか、消えてなくなりたい、

なかったことにしたい、

という気持ちが波のように押し寄せてくることがあるが、


時々、

ふっと、

どうでもいいようなことを見て

心ががらっと変わることがある。


宮本さんのように、

何でもない風景を見たとき。

(本当にささいなことなの。

犬があくびした、とか

雀がちょんちょと歩いたともったら飛び立ったとか)


急に元気になれることがある。

それは、愛なんだろうな。





絶対神は、

誰にでも愛を与えてくれる存在だから、私にも

って思うと

とっても自信になる。




じゃあ神社の神様って何なんだろうって

思って、

今色々と教えてもらっている最中。



昨日のテレビと、今読んでいる本に書かれている共通のこと。


「夏は人を成長させる」って。




どんどん成長したいね!!!