今日は月に一度のお遍路めぐり。
お寺さんが車に乗せてくださって、
ゆっくりペースでまわらせてもらっている。
今日は16の札所をまわった。
朝はなぜかゆっくりしていて、
予定の時間に出たのに、
乗る予定の電車が目の前でドアが閉まってしまい
乗れなかった。
10分後の次の電車を待っていたら、
3分遅れるとのアナウンス。
ここで、どうしよう、と思っても
電車が来ないことには乗れないし、
焦る必要はない、
そう思ってホームで待つ。
これぞ、般若心経の極意???
乗り替えの駅についたら、
さらにそちらも電車が遅れていて、
到着予定が、集合時間ぎりぎり。
間に合うかな~?
いつもだいたい待ってもらっているので、
信じて電車が到着するのみ、
そう構えて駅へ。
いつもの場所に車がない。
みると、先の信号で車が信号待ちしていた!!
「待って~」
そう思い、車に駆け寄る。
お寺さんに気づいてもらって、
車のドアを開けてもらう。
「よかったね~」
お遍路さん仲間、
といっても、70代以上の女性4人という
先輩方ばかりなんだけど、
みなさんにそう言ってもらって
車に乗り込む。
まさしく、「登場」という感じだった。
みなさんの間に合って良かったね~
という気持ちがとっても伝わって
私もとっても嬉しかった。
今日はお昼は食堂できつねうどんを頂く。
食べながらお寺さんが
「こたつで過ごすのも一日、
こうやってお参りするのも一日、
同じ一日。」
と言われていたのが印象的。
特に私は今日間に合わなかったら
ここにいないんだから、
そう思うと、
今日一日は仏さまにいただいた一日だな~と思った。
お遍路さんを始めて5か月経つ。
半年で88か所全てをまわることができるように
連れてもらっている。
でも、そろそろ私の悪い癖?!が出る頃。
「初心」を忘れそうになっていた。
なんで、お遍路さんを始めさせてもらったか。
誰によって、それがもたらされたか。
つまり、感謝を忘れそうになっていた。
日頃ちょこちょこ近所のお参りにも行くので、
ろうそくと線香が今日まわる16か所足りない、ということがわかった。
「あ~出る前にちゃんと確認してなかったな~」
以前だったら、自分が悪い、と責めていて
そこで思考が停止してしまって
なにもしない自分がいた。あきらめてしまって。
そして、自分を必要以上に責める。
反省は次にいかすからこそ、
意味があるのに、
私は反省とはただ自分を痛めつけること、と思っていた。
そうではなくて、
じゃあ、今のこの状況で
何をしたらいい???
と、行動すること。
今日は、札所によってはお寺もあるので、
そこでお線香とろうそくが一セット50円で置いてあったので
そういったものを使わせてもらう。
まったく持って行っていないというわけではないので、
バランスを考えて使っていたら、
最後の札所に着いた頃には自分の線香もろうそくも無かったけど、
セットで置いてあったので、
それを使わせていただいた。
そう、なんとか、なる!!!
私は初心者ということ、
そんな初心を忘れそうになっていたので、
今日は特にとのことを意識して
まわらせてもらった。
(ホント、忘れっぽい私でごめんなさい(*^_^*))
ちょうど一カ月前、
お遍路さんの前日に腰をいため
参加できなかった。
お遍路さんに行く代わりに
整形外科へ行く道。
腰が痛くて、歩くのが不安で
そろそろ坂道を下りていた。
一週間ずっとエビの姿勢で寝ていた。
でも、今では回復して
日常生活もそう違和感なく過ごせている。
歩けるって、ほんと、ありがたいことだな~
そう感じた一か月前。
体って大事だよな~
そして、もう若くないんだから、
大事に労わってあげないとな~
そうわかった出来事だった。
だから、一カ月前の私と、今の私はだいぶちがう。
疲れたら体を横にするし、
疲れる前にもゆっくりするし、
自分の体は丈夫じゃないと自覚している。
なにより、あのゆっくりできた期間で、
たくさんのラブレター?!を書けたし。
今日も山中心のお遍路めぐりだった。
この前の土曜日に降った雪が残っているって。
私が住む市街地は、
雪がちらつく程度だったけど、
山にはしっかり積もっていたみたい。
山道を大きな車が行く。
車一台が通る道幅が多い。
途中何回か車がすれ違うことがあった。
そのたびに、どちらかがよけて、
先に行ってもらう、
そういうことを繰り返した。
「ここは山道ですれ違うのに慣れているから
住んでいる人、みんな人が良いね。
譲りあう心。」
そうお遍路さんの先輩が言われていた。
不便な方が、より相手に心を配ることができるんだ~
そう思った。
不便っていわゆる、障害っていわれること。
そう言われれば、「発達」に障がいがあると言われている次男だけど、
かれの周りには、とってもこころが柔らかい人が集まる。
柔らかいから、人に心を配ることができるんだ~
柔軟ってこと。
それを教えてくれるために、
次男は生まれてきてくれたのかな。
そう思った。


