子どもの頃、新しい年になると「初○○」で盛り上がっていた。

初笑い、初夢、初テレビなどなど。

なんでも初をつけて、しみじみ新しい年になったんだな~とかみしめていた。

 

そんな2015年の初テレビは、クラシックの番組。

次男と夫はダウンタウンの番組を見ていたが(カウントダウンの時は私も次男と一緒にいたけど)

長男がクラシックの番組をみていたので、私も一緒に見る。

 

新年になって流れた一曲目の曲は「大地讃頌」

「この曲知ってる!!」と、一緒になって歌っていたら

子どもに「聞こえん」と言われたけど、構わず歌った。

 

この曲は思い出の曲で、私が中学校の卒業式に歌った曲なのだ。

卒業という感じはないので、当時はとっても不思議だった。

合唱にとっても力を入れている先生で、全国大会で金賞を何度もとる学校だったから、先生の選曲には間違いはないだろう。

 

今年、長男は中学校を卒業する。

「すごいね~お母さんが卒業式で歌った曲を、あなたが中学卒業する年の最初に聞くって」

なんだか縁起がいいな~♪


 

朝はゆっくり起きて、デパートに出かけて、午後散歩がてら食品の買い物に行く。

アイポッドで曲を聞きながらあるこう。

 

さあ、初ミュージカルは??

頭のなかにミュージカル「レベッカ」の「夢にみるマンダレイ」が流れる、。

♪夢~夢~をみたの~

から始まる曲。

歩きながら聞くのに、ちょうどよいテンポ。

♪あの日私は21歳、1926年~

のあたりが、とっても歩くのに合っている。

 

初めて遠征したミュージカルだったよな~と思い出す。

やっぱり私の中で、特別な作品のなかの一つなのかも。


 

じゃあ、初Jポップは?と思って、

昔の曲をまとめたCDの中でシャッフルで聞く。

どれが一番かな?と思っていたら、

ファンキーモンキーベイビーズの

「MY HOME」だった。

 

この曲は、なんとか探しだした、というとっても思い出深い曲。


 

というのも、この曲、有名なのかな~?どうかな??

「ちっぽけな勇気」という曲のカップリングの曲。

知ったきっかけは、小学校の運動会のダンスで使われていた曲だったのだ。

しかも自分の子どもの学年の曲ではなくて、お友達のお子さんの学年(小5)のダンスだった。

うちの子より3歳年上の学年。

 

運動場で聞いた時、とっても歌詞に惹かれた。

小5で、この歌詞の意味をわかる子はいないだろう。

でも、覚えておいてね、そう先生たちの気持ちが伝わる曲。


 

で、すぐにお友達に「誰のなんて曲ですか????」と聞いた。

お友達は子どもさんに聞いてくれて

「マイホーム」って曲らしいと教えてくれた。

ヒントはそれだけだった。

 

で、ネットで検索するけど、マイホームが出てこない。

住宅の広告などばかりで、なかなかお目当てのものが見つからない。

それもそのはず、「MY HOME」が正しいタイトル。

当時のネット検索は、今のように、「○○ではありませんか?」と似た言葉でひろってくれなかったので、どうやってもでてこなかった。


 

そして後日先生にきいてもらって、

「ファンキーモンキーベイビーズ」という人達らしいということがわかった。

今から8年前。

ファンのみなさん、ごめんなさい、当時名前を聞いても誰???というのが正直な感想だった。

(今では、もう超有名ですよね!!)

 

それから、なんとか収録されてるCDやアルバムがわかって、レンタル屋さんで借りてこれた、という話。

(余談だけど、それ以来友達一家でファンキーモンキーベイビーズにはまって、何回もコンサートに行ったということだった。ホント、良い曲多いよな~)

 

久しぶりに聞いて、この曲を初めて知ったころに感じていたことと、

今の私が感じていることが微妙に違うということに気づいた。

 

 

あの頃は、まだ父も母もいて、曲を聞くと「あ~感謝しないといけないな~」とまだ人事のように感じていたっけ。

まだ二人は生きているし、会えるし、話せるし、と。そんな時間は、ずっとある、そう思っていた。

いつまでも、子どものままでいたいと思っていた自分がいた。

守ってもらう存在。

もう自分も、子どもが二人いて、私自身が子どもを守る、という立場であったにもかかわらず、自分のことばかり考えて、親に守ってよ~って言っていた。親の顔色を伺ったりしていた。

(でも実際は、翌年父は亡くなり、その7年後母が亡くなった。)

 

 

だから、子どもの障害がわかった当初よりも、だんだん子どものことを考えなくなって、子どもを守るべき存在、支援のいる存在と言う風にみることができなくなってしまって、「あれもできてない、これもできてない」と指摘ばかりするようになってしまっていた。、

でもそのことに去年の春、間違っていた自分に気づき、子どもを助けるためには、と色々と行動してきた。

 

で、今、父も母もいない状態で、「MY HOME」を聴く。


 

あ~私のこの曲にでてくるような、物理的なマイホームは、もうないんだ~

そう思った。

今年は特に喪中ということで、正月~というかんじで過ごさないから、なおさら感じた。

 

でも、曲にはこうある。

「父よ 母よ あなた達の大きな愛情で

こんなに立派に育ちました

いとおしい人に支えられて

それだけで 幸せな気持ちになるんです


 

 

そう、生んでもらって

育ててもらったんだ、

去年ようやく気づいた事実。

こんなことも知らずに、今までいたなんて

全くの未熟な人間だった


 

「MY HOME そこにいても 離れていても 心のよりどころ

 MY HOME ずっと昔も これから先も 心のよりどころ」


 

今、篠栗のお遍路さんに参加させてもらって

亡くなった父と母のことを思い出す旅を月に一度させてもらっている。

いなくなっても、父母にできることがあるって、教えてもらって、本当にお遍路さんは私の救いになる。

好きにさせてもらっている、婚家のご先祖さまへも感謝でいっぱいだ。

私と夫も、子どもたちのMY HOMEになれるかな~

 


 

「親にはかなわんな~」

よく聞く言葉だけど、やっぱりそう思う。