今日は整体へ行きました。
今までがんばった自分へのメンテナンス。

自分の体がよくわからない私。
とっても疲れないと、疲れたと自覚できない。
そう指摘されるまで、体に無頓着だったんだと気づかなかった。

自分の体がどう感じているか、
わかることが大事と最近思うようになり、
月に一度通うようにした。


そこでは、まず体をほぐしてもらえる。
左右の高さが違っている。
体に聞きながら整えてもらえる。

体がほぐれると、
心がほぐれる。

硬くなった心も一緒にほぐしてもらう。


「母が洋服や靴を買ってくれる時、
いつもワンサイズ大きなものを買ってくれていた。
私は長女だったからいつも新しいものを用意してもらった。
でも、ブカブカで、
成長するだろうと期待してくれたのかもしれないけど、
でも、今の自分の姿をみてもらっていない、
そう感じていたんだ」
そう思い出した。

「子どもの時にそう感じたことも大事。
それは自分の体の声だったんだから。」
そう教えてもらう。


この話をしながら、
「母はいつも洋服を買ってくれたわけではなくて、
むしろ作ってくれるほうが多かった。」
ということも思い出した。
そして、意味があった、とわかり、涙が止まらなかった。



子どもの頃は、
母に洋服を作ってもらうのはあまり好きじゃなかった。
デザインや布が垢抜けていない。
可愛くなかったから。

でも、私の体を採寸して、
私だけのサイズの服、
それを作ってくれていたんだ。
作ってもらったほうの服のほうが、
私にとって大事な服だったんだ。
そうわかった。


小学校の卒業アルバムの撮影で着た服が、
母の作ってくれた服ということを思い出した。
地味な茶色の服。
なぜその服を選んだのか、わかららなかった。
というか、撮影があるとわからずに学校に行ったら写真撮られた、というくらい、無頓着な私だった。
「なんでこの服を着たんだろうな~??」そう思っていたけど、
27年経って、ようやく意味があったということがわかった。


ありがとう。
母さんm(_ _)m