2023/04/01
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嘘
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優しい嘘
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嘘
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哀しい嘘
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嘘
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忘れない嘘
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幼き頃のあたしは明け方の
温度が一段と
冷える時間帯に喘息発作を起こした
大きな父の手が
背を撫でてくれるが酷い時には止まらない
その時には小さめに作った
かい巻き布団に
あたしをくるみ町の医院に連れてゆく
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院長先生は
嫌な顔ひとつせず大きなステンレス製容器に
火を点ける
その中には注射器や治療器具が入れてある
間なしに
その湯気が柔らかく院内を充す頃
院長先生の奥さまが
あたしの衣類をたくし上げ院長先生が指先で
背中を軽くトントンと叩き
聴診器で肺の音を聴き喉の奥を診る
そして
沸々と煮立ったステンレス製容器から
ブルーシリンダーの注射器を奥さまが取り出し
院長先生に注射をされる
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あたしは唇を噛み鼻の穴を膨らまし
じっと父の顔を見る
総領娘は簡単に
泣いては…いけない…と躾られていた
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医院を出ると
薄明かりの空に小さな星や細長いお月さまが
浮かんでいた
あたしは…かい巻きにくるまれ
荷台に乗せられる
その背中を
いつまでもお月さまが付いてくる
それがとても不思議で
父に尋ねた
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すると父は
お月さまは…とうこが好きなんだと云う
でも
とうこは父ちゃんが大好き
オトナになっても
父ちゃんの側にズッといるからネ
父ちゃんからは絶対に離れないヨ
と
言った
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♡幼い少女の♡初めての嘘♡
♡White lie♡
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♡優しい嘘♡
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あれから遥かな月日が過ぎ
父の余命を知った日
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父と二人きりの海の見える病室
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俺が死んだら半分は故郷の
山形に埋め
半分はヨコハマの海に撒いて欲しいと
言われた
あたしは海を眺めながら
そんな気弱じゃ治るものも治らないと
言った
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父から見えない反対側の目から
涙をながした
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哀しい嘘
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PS
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貴方が嫌い貴方を放すわ
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忘れない嘘
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