皆さん、こんにちは!🌞

春らしい暖かな日を迎えていますが、いかがお過ごしでしょうか??


さて、またまた所用により京都を訪れたので、その際のレポを綴りたいと思います!📝



まず訪れたのは、神泉苑です。


延暦13年(794)、平安京遷都と同時に造営されたといわれる天皇の為の庭園です。

当初の敷地は、二条通から三条通まで、南北約500m、東西約200mに及ぶ大規模な庭園でした。


天長元年(824)、長引く旱魃の為に空海が天竺の無熱地より善女龍王を勧請して雨を降らせて以来、祈れば必ず雨が降ると伝えられています☔️



👆善女龍王を祀る、善女龍王社です🐉


また、貞観5年(863)、京都に疫病が流行ったため御霊会が行われました。

貞観11年(869)には、神泉苑の南端に66本の鉾を立て、祇園社(現八坂神社)から神輿を出しました。

今の、祇園祭の起源とされています。


現在、当時の神泉苑の南端、御霊会が行われた地には、又旅社が鎮座し、祇園祭においては八坂神社の神輿が奉安されて神事が行われています。



又旅社は神泉苑から徒歩5分程の場所に鎮座しており、神泉苑から歩いて参拝致しました🙏


善女龍王が住むという池に架かる赤い橋を渡ると、願いが叶うと言われています!✨



橋の袂には池に住む鯉の餌が売られており、子供達が無邪気に餌やりをしていました!😊




境内には、歳徳神を祀る恵方社が鎮座します。

歳徳神とは、その年に訪れ福を招くと信仰されている神様です。

毎年大晦日の夜、翌年の恵方に向けて祠が回転されます!😳


因みに、今年の恵方は東北東です!🧭



次に訪れたのは、京都御苑です。

歴代天皇が居住された御所や、太上天皇(=上皇)が居住された仙洞御所などを中心とした、皇室の施設です!


平安京時代の御所は、現在の場所よりも西に位置しており、元は里内裏(臨時の内裏)の一つであった土御門東洞院殿の跡地が現在の御所になります👆



御所らしい、厳かで堂々とした佇まいに背筋が伸びました!😂


明治維新以前、御所周辺は公家の邸宅が立ち並んでいました。

その後に公園として整備されたのが、今日の京都御苑なのですが…


苑内には、公家の邸宅跡が立札などで示されており、中には遺構が残る場所もあります✨


そして、公家が崇敬していた邸内社(ていないしゃ:家や企業が信仰して、それぞれの敷地に鎮座している神社)が数社残されているのです!⛩


その一つが、こちら厳島神社です!



池に面して鎮座しています。

御祭神は、宗像三女神と祇園女御(平清盛母)です。


平清盛が、宮島の嚴島神社を摂津国に勧請し、その神社が勧請されて祀られるようになったといいます。


この辺りは五摂家(摂政・関白を輩出できた、近衛・九條・鷹司・一條・二條の5つの家)の一つ、九條家の邸宅があり、後年は九條家の鎮守神となりました。



鳥居が、独特の形をしているのがお分かりでしょうか!?⛩

唐破風鳥居と呼ばれるもので、神社仏閣で多く用いられている屋根の構造である唐破風造のように、曲線を描いていることから分類されています!👆



社殿の側面には、可憐な姿の弁財天の絵が掲げられています✨



以上、簡単ではありますが京都の旅のお話しでした!😌


追伸

各地で、桜開花のたよりが届いており、春本番を迎えていますね🌸

お出掛け日和の天気も続いており、私も春を満喫しようと思います!!😇