おはようございます。

銀座でギャラリーを経営している、古美術商のトリです（「ギャラリーフェイク」ならぬ、「ギャラリー自体がフェイク」です）。

「ウサギとアヒル」、「老婆と少女」、「壺と向かい合った人の顔」など、目の錯覚を利用した「だまし絵」がある。

心理学の本などで紹介されているのを、一度は目にしたことがあると思う。

これらは、どちらかに焦点を当てると、もう一方が消えるという性質を持っている。

一度、どうにかして、ウサギとアヒルを同時に認識してやろうと頑張ったことがあるが、無駄な努力だった。

しかし、絵全体を眺めるとき、ウサギもアヒルも、実際には同時に見えているのである。

それなのに、なぜかウサギと見ると、アヒルが消える。

「禍福は糾える縄の如し」ということばがある。

同じ意味の言葉に「苦あれば楽あり」あるいは「塞翁が馬」などもある。

これは、「良いことがあると、次は悪いことが起こる」、という意味もあるが、見方次第で苦にも楽にも感じられる、という方が正解に近い。

起こる事象は同じでも、それに善悪などの判断を加えた時点で、それとは逆の見方ができなくなる。

だまし絵の原理と同じである。

「塞翁が馬」の塞翁は、馬が逃げたときも、その馬が伴侶を連れてきたときも、息子が落馬して骨折した時も、そのこと自体に「善悪」の判断をしなかった。

つまり、だまし絵に引っかからないで、絵をそのままに眺め、ウサギともアヒルとも言わなかったのである。

これを仏教用語では「如実知見」という。

仏教の悟りは至難の業という印象があるが、この「如実知見」ができれば悟ったも同然なのである。

日常生活を送っていると、金が儲かるとか、彼女ができるとか、解雇されるとか、病気をして入院するとか、苦楽・善悪の判断をしたくなるようないろいろなことが起こるが、それらの見かけにつられてはならない。

無論、喜んだり悲しんだりしてはならない、という意味ではない。

苦楽・善悪の判断をつけすぎると、それ以外の見方ができなくなる恐れがあるので、その判断で目を曇らせる前に、事象そのものを見るのである。

まあ、金を儲けたり彼女ができて喜んでいる人に、「いずれ失うぞ、ざまをみろ」と言っても仕方がないが（仕方がなくても言いたいが）、病気をしたり、職を失ったりして悲しんでいる人に、見方の変革を促すことは有益だろう。

判断をするということは、何かにとらわれるということである。

仏教者の好きな「こだわらない」という在り方は、この判断をしないということである。

判断は、いずれ不安へと、そして恐れにつながるからだ。

嬉しいことがあると、初めは喜びしかないが、いずれそれを失う不安が生じ、不安は恐れへと変わる。

また、悲しみは悲しむだけにしておけば流れていく感情に過ぎないが、それを「悪」と判断したとたん、それが続くのではないかという不安が生じ、また、同じことが起こるとどうしようという恐れに変わる。

不安や恐れがなぜいけないのかといえば、それは、目の前にないことを心配しているからである。

目の前の危険は回避できるが、目の前にないものはどうしようもない。

不安や恐れは、妄想由来のものであり、如実に見ることができない。

魯迅は「絶望の虚妄なること、希望に同じ」と言った。

※昼寝している間は、不安も存在しない。

だまし絵 無用庵茶話0715