今日はバタバタ仕事が終わった後、会社の方の身内の御通夜に行ってきたりと、トレーニングはOFFです。
仕事場の事で、精神的にもちょっと?病んでます・・・
明日も完全休養させるか、ジョギング程度にして、土曜日にトレーニングしようっと
てなわけで、「プロレスとの出会い・・・その2です」
高校生に入学してまもなく、ある同級生が唐突に話しかけてきた・・・。
彼「君はなんで高田延彦が最強と呼ばれているか解かってる???」
自分「いや・・・・。」
彼「自分プロレス好き???、なあ????」
軽音楽部の自分に、しつこくクラシックギター部への勧誘を迫ってくるし、ウザくて
プロレスについて何も分かっていなかった自分は、プロレスファンなら一度は
聞かされる、その一言を発してしまった。
自分「八百長やろ、アレ・・・。なんでロープに振られて返ってくんの・・・?」
彼「だからそれは、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(延々)」
当時といばK-1が、アンディ・フグやアーツ、ベルナルドなどを擁して急成長の時だ。
TVで見た、新日対Uインターのプロレス史上最高の対抗戦も、当時の自分には、
結局はグダグダになってのプロレスの延長上にしか感じられなかった。
(まあ、今の総合が総合であるための、逃せない絶対必要な過渡期であったことは間違いないのだが)
とにかくプロレスの醍醐味というものが理解できなかった。
そんな自分が大学に入ると、
おや、キャンバスで学生プロレスをやってるじゃあ、ありませんか。
「おお、えらいバカっぷりやん(笑)!」
おや、スカパーでは、そんなノリでFMWがやっているじゃあ、ありませんか。。。
「ハハハ、なかなかおもしろいやん・・・。」
じゃあ、今度友達誘って見に行くか・・・・。
これがプロレスとの出会いである、萌えの季節である。
どうやら関西人らしく、笑いからプロレスへの門を叩いたのである。
まあ、今でいえば「ハッスル」からみたいな感じですかね。
当時FMWには、ハヤブサ、冬木、田中将人、邪道・外道と、エンターテイメント路線とはいえ、笑い以外にもしっかりプロレスのできる人間がいたので、これがプロレスが好きになるきっかけになる。
(その後はあまりのお下劣路線で、見る気が無くなり、団体も崩壊してしまったが・・・。)
10年以上前に、説得力のない、言葉だけが一人歩きしていたプロレス最強神話は完全に崩壊。
(ちょっと話はズレますが、去年の大晦日のダイナマイト、桜庭対田村の煽りVのような、「真剣勝負」=「総合格闘技の中でも極力ルールを省いた総合格闘技」という考えは、格闘技とそのスポーツ精神に対する冒涜だと思う)
息も絶え絶えのプロレス最強神話は、無理にプロレスにカテゴライズされた、普段純プロレスを行うことの無い、ややプロレス寄りな人間にすがることで、かろうじてその面子を保ち、溜飲を下げていた。
(桜庭のプロレス大賞受賞など)
自分はそんな風潮に疑問を抱いていた。
プロレスと総合、それは土俵違いの話(競技性の根本の違い)。
「猪木」という呪縛に囚われ、迷走し続け、プロレスを「king of sports」と標榜しておきながら、無難そうに曖昧なプロレス興行での総合格闘化路線を取るという矛盾で、結局は数々の興行で大ゴケしまくった新日。
(まあその反省を踏まえた上での、今の新日的なプロレスは、スポーツ性という観点からはあまり好きではないが、プロレスとしてはアリだと思うし、ショーとしての興行、エンターテイメント性は、正直ノアより評価できる)
当時PRIDEが絶頂で面白かったが、プロレスもまたそれで面白い。
「強さ」の価値基準に対する理解が進むようになり
「プロレスはプロレスである」
という理論を理解できるようになったのである。
これは年齢を重ねていくうちに、人間の多様性を少しづつ認めるという成長性から得られた賜物の一つだったと思う。
プロレスが好きだ。
試合は互いの優劣を決める場である。
でもそれだけではない、特にプロレスは。
そのプロレスの中でも、人間の悲喜こもごもを経験していくうちに、勝負以外の何か、人間の生き様を飾らず、さりげなく、自然に見せてくれるのがノアだ。
数多くのレスラーの中でも三沢光晴という人は一際輝いてる。
レスラー中のレスラーだ。
知れば知るほどその人間の奥深さに心打つ。
だからその三沢さんの作ったノアを見ている。
当時の全日にそんなに興味がなかった事はちょっと後悔するが・・・。
亡くなっても三沢光晴の魂は確実に、リングに、残されたレスラーやファンの中に生き続けている。
(09年10月3日 三沢光晴追悼興行、大阪府立体育館、試合終了後)