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埼玉・玉敷神社

前回の総願寺から。

 

レンタサイクルで次に向かいましたのが。

 

 

 

玉敷神社

 

 

 

 

 

参道を進んで行きます。

 

 

 

 

 

大宝3年(703年)に多治比真人三宅麿が東山道鎮撫使として武蔵国に下った際に創建したと伝わる神社です。

 

御祭神は、大己貴命。

 

 

 

 

 

こちら拝殿

 

天正2年(1574年)上杉謙信が関東に出兵した際に兵火にかかり、社殿や宝物、古記録などが焼失。当時は現在の位置より数百メートル北側の正能村(現・加須市正能)に鎮座していたそうな。

 

徳川時代になると、根古屋村(現・加須市根古屋)の騎西城の大手門前に再建され、1627年頃に現在の地に再移転されました。

 

江戸時代までは「勅願所玉敷神社 久伊豆大明神」と称し、旧埼玉郡(現・南北両埼玉郡)の総鎮守として崇敬されていました。

 

 

 

 

境内社が多くありましたよ。

 

 

こちら八坂社。

 

 

 

 

 

松尾社。

 

 

 

 

他にも金比羅社や白山社、宮目社や秋葉社などがあります。

 

宮目社は、玉敷神社がこの地に遷座される(1620年頃)まで、この社地の地主神として鎮座していたそうです。

 

 

 

 

御朱印もいただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

砂のネコちゃんがカワイイ照れ

 

 

 

 

 

 

玉敷神社はこちら

 

 

 

 

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埼玉・玉嶹山 総願寺

昨日今日は気温も下がり過ごしやすくてイイキラキラ

 

秋めいてくる...かな?

 

 

 

 

さてさて。

 

まだまだ暑い日が続いていた中の、お散歩レポ。

 

加須市の商工会館でレンタサイクルを借りまして。

 

こちらに訪れました。

 

 

 

 

 

 

 

玉嶹山総願寺

 

成田山新勝寺高幡不動尊と並び、関東三大不動尊とされることもあります。

 

→ 初詣の参拝客数も全国有数成田山新勝寺訪問レポ

 

→ 土方歳三ゆかりの高幡不動尊訪問レポ

 

 

 

 

 

こちら山門

 

写真ではわかりづらいかもしれませんが、金色ですキラキラ

 

金箔のキラキラではなく、塗料の金色ですね。

 

 

 

 

わかるかな?ニコニコ

 

 

 

 

 

境内は広め。

 

総願寺は秋季例祭の火渡り式が有名です。

 

 

 

 

こちら不動堂

 

仁和2年(886年)光孝天皇が病にかかり、日に日に重態にになっていた中、三井寺の開祖・智證大師が不動明王に祈願したところ、たちどころに病気が治ったそうな。

 

喜んだ天皇は智證大師に不動明王像を造らせ、京都御所の仁寿殿で開眼供養し、紫宸殿に安置して歴代天皇の守り本尊としました。

 

ある時、宮中の役人が不動明王像の宝剣を持ち出そうとしたので、堂守はひそかに不動明王像を背負って生まれ故郷の吉見領へ逃れ、仮堂を建てて安置したのだそうです。

 

長暦3年(1319年)大洪水が起こり不動明王像も流されてしまい、この地へ流れ着きます。

 

里人達は不動明王をお祀りし、当時「岡村」といわれていた地名を「不動ヶ岡」としたのだそうです。

 

その後、元和2年(1616年)、高野山の総願上人がこの地に堂宇を建立し、総願寺としました。

 

 

 

 

不動堂に貼られていた奉納板。

 

知ってる名前がチラホラ。

 

 

 

 

2月に行われた節分会に参加された方々のものっぽい?

 

 

 

 

 

こちらは黒門

 

忍城の北谷門を移築したものだそうな。

 

不動岡在住の土木請負師・田村重兵衛に払い下げられた黒門を、重兵衛さんが信仰していた総願寺に寄進したのだそうです。

 

説明板によると、天保13年(1842年)の建造と伝わるそうで、忍城の現存建造物は忍城址にある高麗門とこの黒門だけだそうな。

 

→ 忍城訪問レポ

 

 

 

 

こちらは大日堂

 

 

 

 

 

こちら客殿

 

 

 

 

 

赤門

 

 

 

 

散蓮華模様青石塔婆。

 

鎌倉時代後期に建立された、秩父周辺で産出する緑泥石片岩を材料とした石製の供養塔とのこと。

 

 

 

 

鐘楼。

 

 

 

 

 

こちらは観音堂

 

 

 

 

ところで後から知ったのですが。

 

こちらには渋沢栄一の碑があるそうです。

 

大正期に建てられた、「来遊記念 論語碑」とのこと。

 

境内のお堂裏手側にはいろいろ碑があったので、ちゃんと見てなかったのが悔やまれますアセアセ

 

ついでに言うと、まだ新しい一万円札にはお目に掛かってません...爆笑

 

 

 

 

 

御朱印もいただきました。

 

 

 

 

 

 

総願寺はこちら

 

 

 

 

 

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東京・高幡山明王院金剛寺(高幡不動尊)訪問記

こちらも久し振りに訪れました。

 

高幡不動尊

 

正式名称は、高幡山明王院金剛寺

 

以前訪れた時は参拝客も多かったのですが、今回は比較的少なかったので、ゆっくりと見ることができましたニコニコ

 

過去の高幡不動参拝記録 →その1 →その2

 

 

 

 

 

こちら仁王門

 

建立時代は不明ながら、建築様式から室町時代後期の建立と考えられるそうな。

 

 

 

 

 

こちら不動堂

 

康永元年(1342年)に高幡山中から移築された、東京都最古の文化財建築物とのこと。

 

 

高幡不動尊の創建は、古文書によれば大宝年間(701年)以前、または奈良時代に行基の開基とも伝わるそうですが。

 

平安時代初期に、慈覚大師円仁が高幡山の山中に不動堂を建立し、不動明王を祀ったのがはじまりとされています。

 

 

 

 

 

こちら五重塔

 

 

 

五重塔地下には、千体地蔵堂があります。

 

陶器のお地蔵様がずらっと並んでいます。

 

 

 

不動堂の背後にあります、奥殿

 

平安時代に造られたという、不動明王座像、せいたか童子像、こんがら童子像の3体の丈六不動三尊像が安置されています。

 

この不動明王座像が、けっこう近くで見られるのでなんか迫力があって、見入ってしまいましたニコニコ

 

 

 

 

他にも奥殿では、高幡不動に関するものや、新選組に関する資料も見られます。

 

うろ覚えなんですが、当時の僧か住職さんが書き写したという近代戦争を記した書籍も展示されていて、それには「土方歳三は五稜郭で帯刀して立った状態で埋葬された」と書かれているそうな。

なので、五稜郭でそういう遺骨は発掘されたらそれは土方さんの可能性が高い、とか。びっくりハッ

 

伝・北条氏照の所有という銘三条宗近の薙刀と、地蔵菩薩像も展示されていましたよ。

 

 

 

 

 

境内には土方歳三銅像殉節両雄之碑があります。

 

高幡山金剛寺(高幡不動尊)は土方家の菩提寺で、墓所のある石田寺は金剛寺の末寺なんだそうな。

 

 

 

 

 

高幡不動のお隣にある高幡山には高幡城があったとされます。

 

高幡城の詳細は不明だそうですが、北条氏照の家臣・高幡十右衛門が城を構えていたとか。

 

現在は山内は十八ヶ所巡拝コースとなっています。

 

 

 

 

 

こちらは大師堂

 

弘法大師を祀っています。

 

 

 

 

 

こちらは聖天堂

 

聖天(歓喜天)を祀っています。

 

歓喜天は、象の頭を持つ双身の仏教の守護神です。

 

夫婦円満や恋愛成就の神様だそうですよ。

 

 

 

 

 

こちらは大日堂の山門。

 

 

 

 

 

こちらが総本堂の大日堂

 

天井の「鳴り龍」が有名です。

 

大日堂には、土方歳三、近藤勇など新選組の位牌も祀られています。

 

 

 

 

 

こちらから拝観できます。

 

「鳴り龍」は、龍の天井絵の下で手を叩くと音が響いて聞こえる、というもの。

 

龍の絵は年期が入ってるカンジで薄くなっていました。

 

手を叩いてみると、なんというか『びぃぃん』というような、割いた竹を弾いたような低め?の音がしました。

 

かん高い鈴の音みたいなのを想像していたので、ちょっと意外でした。

 

 

過去に訪れた鳴き龍ニコニコ

 

→ 相国寺法堂の鳴き龍

 

→ 高野山南院(浪切不動尊)の鳴龍

 

→ 日光東照宮本地院の鳴龍

 

 

 

 

高幡不動尊はこちら

 

 

 

 

 

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東京・大國魂神社

おでかけしてきたので、その記録。

 

久し振りに大國魂神社に訪れましたよ。

 

過去のブログを確認しましたら、前回訪れたのは2011年でした。

 

13年振り!ニコニコ

 

→ 前回の訪問記録

 

 

 

 

府中本町の駅からすぐのところに。

 

 

武蔵国府跡があります。

 

奈良時代~平安時代に律令制の国司が政務を行った場所ですね。

 

大國魂神社とその東側一帯が国府の政務機関である、「国衙(こくが)」の跡だそうです。

 

そしてこちらには武蔵国府の国司館あったとのこと。

 

江戸初期には府中御殿があり、徳川家康、秀忠、家光の三代にわたり、鷹狩り等の宿泊地として利用されました。また、家康の死後、日光へ移葬される際にも逗留したのだそうです。

 

 

 

 

 

国司館の模型と、建物の復元柱?があります。

 

 

 

 

 

模型。

 

 

 

 

 

武蔵国府跡の道路を挟んで向かい側にあります、大國魂神社の鳥居。

 

 

 

 

 

 

こちらは脇の参道。

 

 

 

 

 

表参道は京王線府中駅側にあります。

 

こちらは大鳥居。

 

 

 

 

 

長い参道を進みますと。

 

 

 

 

 

参道脇にふるさと府中歴史館があります。

 

その脇に。

 

 

 

 

 

武蔵国府跡碑があります。

 

 

 

 

 

 

こちらは随神門

 

前回訪れた時はできたてでピッカピカだったんですよね。

 

 

 

 

 

こちらは中雀門

 

 

 

 

 

こちら拝殿

 

第12代景行天皇41年(111年)大國魂神を祀って創立。

 

武蔵国造が代々祭務を行っていました。

 

大化の改新(645年)で武蔵の国府が置かれると、国司が祭祀を行うため、武蔵国内の諸社の諸神を配祀したので「武蔵総社」となり、また両側に神社六社を奉祀したので「六所明神」「六社宮」とも称されました。

 

 

 

 

 

現存する本殿は、正保3年(1646年)火災で焼失した後、4代将軍・徳川家綱の命により寛文7年(1667年)に完成したもの。

 

 

 

 

 

 

拝殿脇にあります、水神社。

 

御神水で、飲用もできるそうです(要煮沸)。

 

 

 

 

 

水神社の裏手には小川があって。

 

 

 

 

小川に人形を流して祓い清めることもできるようですよ。

 

 

 

 

 

水は澄んでキレイですキラキラ

 

 

 

 

 

住吉神社・大鷲神社。

 

境内社は他にも巽神社や松尾神社や東照宮など、たくさんあります。

 

 

 

 

 

こちらは宮之咩神社(みやのめじんじゃ)。

 

創立年は大國魂神社と同じと伝わる、芸能や安産の神様とのこと。

 

源頼朝の妻・政子が安産を祈願したという伝承もあるそうな。

 

 

 

 

 

こちらは本殿の裏手にある御神木。

 

 

 

 

 

鼓楼。

 

嘉永7年(1854年)に再建されたものとのこと。

 

 

 

 

 

こちらは宝物殿。

 

1階には複数の御神輿や大きな太鼓などが飾られていました。どれもピカピカでしたキラキラ

 

2階では大國魂神社に関する品や社宝などが展示されています。

 

 

 

ちなみに。

 

のちの新選組局長・近藤勇の天然理心流4代目の襲名披露試合が、大國魂神社で行われています。

 

 

 

 

御朱印は前回いただいたので前回のブログ記事でニコニコ

 

 

 

 

 

大國魂神社はこちら。

 

 

 

 

 

 

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ようやくですが

今更ですが、今年7月3日に発行された新紙幣を手に入れましたニコニコ

 

 

最近めっきり現金使うことが少なくなったので、釣り銭で渡された時に「おお!」とちょっと感動しました(笑)

 

渋沢栄一さんに会えるのはいつになるやらニコニコ

 

 

 

 

そうそう。

 

SNSで情報が流れてきて知ったのですが。

 

京都の近江屋跡が今度はカラオケになるそうですね。

 

 

→ カラオケ店HP

 

近江屋を再現したコンセプトルームもあるらしい。

 

私が知る限りでも、近江屋跡辺りはコンビニだったり回転寿司だったり旅行会社だったりしてたかと思いますが。

 

近江屋をコンセプトにしたのはたぶん初めてですよね。

 

どんななのか、ちょっと面白そう爆  笑

 

 

 

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