熊の出没が連日報道されていますね。

まずは被害に遭われた方々のご回復を祈ります。

 

ところで熊は本当に増えたのでしょうか。

私は昨年、八木で熊の目撃を一回と緑井で熊はぎの杉を一本発見しました。一昨年は大町で熊を発見したという人が警察に通報する姿を見ました。

このような経験から、熊が今年突然増えたというよりも、近年増え出し、さらに連日の報道ニュースにより人々の注意が熊に向く機会が急激に増えた、もしくは発見後ただちに警察に通報する件数が増えた為に急に熊が増えたと感じるのかもしれません。

 

では、本題に入ります。まず御神託とは、神様が自然環境や動物に姿を変えこの先の将来がどうなるのかといった預言を人々に託すことです。(預言といっても人は神さまの声を聞くことはできません)

そうするといったい神様は、熊を通して何を伝えたかったのでしょうか。

 

今、山の木々は老齢期を迎えており、免疫力の衰えた大木が増えています。そのため、伝染病や虫害が流行しています。

動物の間でも同じように病が流行しているのかもしれません。そのように考えていると、私は先日、山で痩せ細った野犬を一匹見つけました。自分の問いに対する御神託として野犬が現れたのなら、もしかすると人里に現れる熊は狂犬病に感染しているのかもしれません。

 

また山にゴミが不法投棄されると野生動物は町の匂いを覚えてしまいます。現実にごみ捨て場として山を安く買っている外国人が増えているとある地主の方から聞きました。特に谷筋を買っているようです。これは将来的に自治体に対してゴミ埋め立て地として貸し出して賃料を得る、もしくは転売するという投資ビジネスが流行っているためです。

 

このような事を考えると熊がたくさん出たから熊を駆除すれば良いという考えは危険でしょう。個人的に、日本の最大の強みは臨機応変な対応ができる柔軟さで、最大の弱点は検証力の弱さだと思います。

「臭いものに対して迅速にフタをするけれど、なぜ臭くなったのかは検証しないから、フタだらけの国になってしまった」

 

アメリカは第二次大戦を検証するためにインターネットを普及させました。世界で歴史学者を大量に雇用しているのは米軍とマイクロソフト社です。あの国の強さは情報マニアであり検証狂というところでしょう。

未来は進むところではなく、過去の検証により行き着くところであると私は考えています。

 

唐の太宗は3つの鏡を大切にしました。

まず身だしなみを整えるために自分の姿を映す鏡。二つ目は、自分の内面を映し反省するための、他人が自分に接する態度という鏡。三つ目は国を健全な未来へ導くための歴史書という鏡。

 

今、人々の前に現れる熊は神様のご神託です。犠牲者が出たからこそ、これ以上犠牲者を出さない未来へ向けて原因を検証していかなければいけないと思います。世界トップレベルの学力は検証にこそ力を発揮できるはずです。