中国の西安にある興慶宮公園には、阿倍仲麻呂の記念碑があります。
正面には「阿倍仲麻呂記念碑」と書いてあり、右側面には李白の詩が書いてあります。
日本晁卿辞帝都
征帆一片繞蓬壷
明月不帰沈碧海
白雲愁色満蒼梧
李白哭晁卿衡
日本の晁卿帝都を辞す
征帆一片蓬壷を繞る
明月帰らず碧海に沈む
白雲愁色蒼梧に満つ
李白晁卿衡を哭す
日本の晁卿は帝都長安に別れを告げ、
進みゆく一艘の小船は、東海の蓬壷を繞って消えた。
明月のように輝かしかった君は、祖国に帰りつけないまま碧い海に沈み、
悲しみの色に染まった白雲が、蒼梧の山に立ちこめる。
遣唐使として中国に渡った阿倍仲麻呂は李白と出会い、二人は友情を育みました。
743年に日本に帰る決意をした阿倍仲麻呂ですが、船は日本に向かう途中で嵐に遭ってしまいました。
船が遭難したことを知った李白は嘆き悲しみこの歌を詠みました。
「晁卿衡」とは、「晁衡」が阿倍仲麻呂の中国名で「卿」は尊称です。
「哭」とは声をあげて泣くこと。
「明月」を親友の阿倍仲麻呂に例えています。
李白は船が海に沈んで阿倍仲麻呂が死んでしまったと思って嘆き悲しみましたが、船は安南(ベトナム)に流れ着き、阿倍仲麻呂は生きていました。阿倍仲麻呂は長安に戻り、その後日本に帰ることはありませんでした。
碑を見ながら詩吟を聞かせていただきました。贅沢なひと時でした。

