結論を言えば「今起きていることが緊急事態であると認識していない」からです。
これを証明した以下のような実験があります。
インタビューの名目で2〜3人の学生を部屋に集めてアンケートに記入してもらいます。
ほどなく、通気口から室内に煙が流れ込んできますが、実は学生のうち本当の実験参加者は1人だけで、残りはサクラです。
サクラの学生は煙が室内に充満しても、特に気にした様子もなく、平然とアンケートを記入し続けます。
この状況の時、参加者は煙のことを研究者に報告するでしょうか?
学生が参加者ひとり(自分だけ)の場合、55%の人が2分以内に煙のことを研究者に報告しましたが、サクラ1人または2人と一緒にいた場合だと、2分以内に報告したのは僅か12%だったようです。
その理由は、煙が充満するという異常事態にも関わらず、他人が行動しないので、大した事態ではないと考えたからです。
専門用語では、『多元的無知』と言います。
僕自身の経験から、『多元的無知』が役に立ったという話があります。
普段グループホームで生活している知的障害のある利用者さんで口を開けば「明日の予定は?」と聞いてこられる方がいまして、
「明日は仕事の日ですよ」と伝えても、時間を置いて「明日は休みかな?」「明日は仕事かな?」と聞いてこられるのです。
色々試してみた結果、その方が落ち着く方法の一つが、この『多元的無知』でして、
具体的には、同じような質問のやり取りをした時に、「他の方は今なにをやってますか」「明日のことを気にしている方はいますかね」と注意を他者に向けるのです。
「見てくる」と言われ、その後の様子を見ていると、他の方が部屋でなにをして過ごしているか、その様子を遠目に見てから部屋に戻られてます。
その後は自ら部屋の扉を閉め、テレビを見てのんびりとされている、という話です。
『多元的無知』という言葉は、災害時に気象庁から避難勧告が出て警戒を呼びかけているにも関わらず、被害に遭う方がいて、そんな時に使われることが多い言葉です。
しかし、視点を変えて利用すれば、他人が行動しない様子を見て、自分の不安や疑念を抑え、大した事態ではないだろうと安心感を手に入れることができる、というお話でした。
最後まで読んで下さった方ありがとうございました。何か一つ役に立てれば幸いです。(了)
参考文献
・図解眠れなくなるほど面白い社会心理学/亀田達也/日本文芸社/2022年9月1日第14刷発行