今日は、親鸞会館にて、教学講義にて、


教学、阿弥陀仏の教え、本願について、


教えて頂きました。



浄土真宗親鸞会 北海道札幌ブログ

(親鸞会館3階ロビーの京都の秋の風景です)


特に、重ねて、三世因果の道理についても


教えて頂きました。


以下に、先生の『こんなことが知りたい』に書いて


下されている、三世因果のご教導です。



『仏教の根本教理は、実に三世因果にあります。

これが判らずしては仏教は絶対に判りません。

 先ず、三世といゝますのは、過去世、現在世、

未来世のことです。

 過去世といゝますのは、私達が人間に生れる

以前の総てを申します。二十五有生、昿劫流転

して来た前生を言うのですが、とりつめれば

去年であり、昨日であり、前の一時間であり、

出た息が過去になります。


 現在世というのは、人間に生れてから死ぬま

での五十年乃至百年の人生をいゝますが、

これも、とりつめれば今年であり、今日であり、

今の一時間であり、今の一息が現在の当体となります。


 未来世は、人間の寿命がつきて死んだ後、

永遠の時をいゝますが、これも、叩けば来年となり、

明日となり、一時間先となり、入る息が未来となり

ます。


 ですから仏教の三世とは、吸う息、吐く息の中に

あると教えているのです。

 即ち、念々のうちに三世がおさまっているわけです。

故に、只今の一念を徹底的に叩けば、昿劫流転して

来た自己も明らかになるし、未来永劫の

後生の一大事も知らされることになります。


それは「自身は現に罪悪生死の凡夫、昿劫より

このかた常に没し、常に流転して出離の縁あること

なしと深信す」

と叫ばれた善導大師のお言葉でも明らかな事実です。


 これを『因果経』には、

「汝ら、過去の因を知らんと欲すれば、現在の果を

見よ、未来の果を知らんと欲すれば、現在の因を見よ」


と説かれています。


 これは、過去を知りたければ現在を見よ、未来を

知りたければ同じく現在を見よ、現在とは悠久の

過去と永遠の未来とを包含しているものだと教え

られたものです。


 だからこそ、現在の救いがなくして未来の救いが

ある道理がない、と仰言るのです。


「この世はどうにもなれない、死んだらお助け」など


と言っている浄土真宗の聞きぞこないの同行は、


本当の仏教を全然知らないことがよく判るでしょう。


 只今、不可称、不可説、不可思議の大巧徳に

生かされて、只今が浄土に遊ぶ大満足の境地に

救われなければ、未来は絶対に助かりません。

未来の救いは現在決定されるものです。


 いや、現在をぬきにして未来はないのです。

 わが親鸞聖人が、現生不退、平生業成、

不体失往生を力説されたのは、実に仏教の真髄を

顕正する為であったことがよく判るではありませ

んか。


 深く因果を深信して、後生の一大事を心にかけて


進ませて頂きましょう。