時計のエネルギーその3 | 手作り時計のJHA 時計作家 ks の時計ブログ

時計のエネルギーその3

篠原康治(時の作家)


 今日は前回に続いて、時計を廻すエネルギーの中で、最も原始的とも言える錘(おもり)方式の機械式時計について、お話を続けたいと思います。


 錘で廻すには、実は幾つかの方法があります。


 まずは、下記のイラストをご覧下さい。


手作り時計のJHA 時計作家 ks の時計ブログ-錘2
























 この図をご覧になって、もうなんとなくお分かりいただけたことと思いますが、製作については、やはりそれぞれ長所と欠点があります。


 まず、(1)の巻きつけの方法は、もっとも一般的な方法です。動力歯車の軸に巻きつけて廻すわけですよね。この方法は、きわめて単純だけれど、制作するには意外と厄介なところもあります。


 まず、錘が下まで下がりきった場合は、当然のことながら、再びこの軸に紐を巻きつけなければなりませんよね。その場合、錘が下がる方向とは逆にこの軸を廻さなければなりません。後で詳しく説明しなくてはなりませんが、動力歯は他の歯車とかみ合い、最終的には脱進機の部分とリンクしてます。脱進機の部分は、逆廻りは基本的には出来ません。


 ですから、錘を巻き上げるために逆廻りさせるには、クラッチを製作して仕込まねばなりません。西欧のグランドファーザークロックなんかでは、大きな鍵を使って巻き上げるものがありますが、あれは、この部分を巻き上げているわけですね。


 さらに、もう一つの欠点としては、巻きつける際に、この紐が幾重にも重なって巻きつけられてしまうことになるのです。このことは、わりと大きな問題なんです。


 なぜかというと、上に重なって巻きつけると、当然その直径が大きくなるわけです。巻きつけられて直径が大きくなるとモーメントが大きくなるんです。つまり錘の重さがより大きくこの軸にかかるんですね。問題なのは、徐々に下におりて直径が小さくなった時、モーメントが小さくなって、つまり錘の重さが徐々に軽く感じられるようになってしまうことなんです。


 つまりは、いっぱいに巻き上げた時と、徐々に下に降りてきた時では、錘の重さが微妙に違ってしまうのです。モーメントが一定ではないんですね。ですから、スタート時は結構パワーが強く、下に降りきる頃にはパワーが弱くなってしまうのです。


 大きな問題ではないように感じられるかもしれませんが、ナイーブな機械式時計にとっては、決して無視できない要素なんです。これを解決する方法も無くは無いんですけど、それはそれで、制作上また複雑になってしまいます。


 さらに、もう一つ欠点があります。上記と同じ理由で、錘の降りる距離が一定ではなくなってしまうんです。最初は比較的長い距離で降り、終りに近づくにつれて短くなってしまうのです。


 このことは、もちろん針で時間を表示する類型的な時計では問題ありませんが、和時計の一つである、尺時計のように錘の下がった距離で時間を認識する単純な方式の時計では、大きな問題になってしまいます。(尺時計は、大名時計と違い、江戸時代後期に作られた、比較的庶民的な時計で、錘の下がるその距離で時間を認識するものです。この問題を解決するために、幾つかの工夫が施されてはいるのですが、使い勝手としては、ちょっとややこしくなってしまってます)


 欠点ばかりを指摘してしまいましたが、もちろん、しっかりと動力歯車にパワーを掛けるという意味では、もっとも確実な方法です。西欧の錘方式の機械式時計では、この方法が最も多く作らせていると思います。何より鍵とか巻き上げのレバーを使って巻き上げる際のジリジリとしたクラッチ音が心地良いですよね。


 お~っと、(1)の説明だけでだいぶ長くなってしまいました。


 次回は(2)と(3)を詳しく説明したいと思いますので、ちょっと待ってて下さいね。