③からの続き

2026年2月22日午前。

気仙沼駅みどりの窓口でフリーきっぷを手に入れて、

気仙沼線BRTに乗って柳津駅に到着しました。

柳津〜前谷地は線路が通っています。


この時点でもうすぐ昼。

昼ご飯をどこで食べようかを考えました。

前谷地駅で、石巻線の女川方面の車両に乗り換えます。

東北本線のある小牛田方面という選択もあったのですが、

目の前に来たのが女川方面だったので乗ってしまいました。


そこから4駅ほどで石巻につきました。

昼ご飯はそこで食べられそうと思って降りたのですが。



石巻市は、漫画家・石ノ森章太郎のゆかりの地。

メインストリートの脇には所々にキャラクターの像が。



仮面ライダーもいました。

意外と背が高いんだなという印象です。

メガネは落とし物でしょうか。


メインストリートを歩いて行った先に、萬画館という施設があるそうなのですが、

途中に川があり、人が集まるような公共施設がありました。

その日はイベントが行われていたようで、賑わってました。

昼どきともあって、飲食ブースなども混んでいて、食事を諦め。

駅に戻ります。ちなみに萬画館は臨時休業期間中でした。


駅周辺の飲食店にいってみたものの、満席。

他の駅にでもと思い、時刻表を見ると、仙台方面でもまだ30分以上待たなければならず。

駅の売店でおにぎりを購入して、ベンチで食べました。


この先、帰りのパターンも視野に入れてどこまで南下するかを考え、

北海道への帰りはフェリーに乗りたいなと思っていました。

もう一泊山形県内か福島県内で泊まったとして、

フェリーは仙台港かもっと南下した茨城県大洗港。

フェリーを諦めて新幹線と特急乗り継ぎで札幌戻りにしても。

深夜バスとかあって、寝ながら北上できる手段であれば時間を有効に使えるんだよなと

色々考えを巡らすと、どうやら仙台周辺まででフリーきっぷの元は取れそう。


このまま今日のフェリーに乗ってしまおう…と思ったのでした。

仙石線に乗って日本三景の松島を車窓に見ながら、

多賀城駅で下車。歩いて仙台港フェリーターミナルへ。

15時20分ごろに到着。

まだ、名古屋から寄港してくる便が来てなく、乗船受付も17時からということで。

まだ時間がたっぷりあったので、

フェリーターミナルの最寄りにあるアウトレットショッピングモールに片道20分ぐらい歩き。

店などを見て数十分、さらに20分ぐらい歩いて戻って。

それでもまだ受付時間前で…。

この時間あったら、松島でJRを降りて見物しておきゃよかったと後悔。

17時の受付開始で、無事に乗船券を手に入れる。


小さい券ですがこれがルームキーにもなっているんだそうです。


乗船した「いしかり」。

太平洋フェリーは初めてです。


これまでに乗った主な船は、

小学校低学年の時に、家族旅行で青函連絡船

大人になってから、広島県の宮島行きのフェリー

青森→函館の津軽海峡フェリー、

八戸→苫小牧の川崎汽船フェリー

小樽→新潟、舞鶴→小樽の新日本海フェリー

に乗って来ましたけれども。



特等の部屋はこのような、ホテルっぽい部屋で。

快適な帰路でした。


2月23日11時に苫小牧港に到着。

港からバスで苫小牧駅。

苫小牧駅からJRで札幌に帰りました。


次回は南東北北関東あたりを行きたいなと思ってるんですけどね。


ここまでお読みいただきありがとうございました。





奇跡の一本松

②からの続きです。

2026年2月21日夕方。

陸前高田市にある東日本大震災被災状況の伝承施設兼道の駅にいました。


伝承施設の資料説明によると、この一帯は松林が広がる海岸だったそうですが、大きな津波になぎ倒されてしまったんだとか。

確かに、広い防潮堤の内側に一部松林の残骸があった。

奇跡の一本松はそんな津波の被害を耐え抜いた1本というもので。

スっと長く1本天に向けて伸びている姿が印象的です。


現在は防潮堤を作った外側に
新たな松林を植えている。


被災した道の駅施設。
津波はこの施設の「高田松原」と書かれた辺りまでの高さだったとか。
高さに驚く。

それらを見て、宿のある気仙沼に戻りました。
気仙沼駅から、気仙沼線のBRTに乗り換えて数駅の南気仙沼で下車。
今夜の宿へ。

宿で荷物などを下ろして身軽の状態で、
近所の飲食店へ出かける。


ピンぼけしてしまってますけれども、
メカジキとブリの海鮮丼。


かつお醤油ラーメン
これは、やさしい味のラーメンでした。
良い夜でした。

その後宿に戻って、
洗濯をして、翌日の計画を立てて、
諸々の用事を終えて就寝。


翌朝の食事です。
スープは、フカヒレ入りでした。
写真からは漏れましたが、
ホテルの親会社が生産している塩辛が食べ放題で。
ご飯がめっちゃ進む美味しさでした。
とは言っても、1杯で自重してますけれども。

8時前にはチェックアウト。
気仙沼駅駅まで数キロ歩いて向かいます。
30分ぐらい歩いて
気仙沼駅のみどりの窓口の空き時間に余裕もって到着。
2月22日日曜日の切符は、
小さな旅ホリデーパス。
いわてフリーパスよりは広範囲です。
気仙沼~仙台に着くだけでも元が取れるみたいです。

この日行くなら、郡山か、山形か。
→④へ続く









①からの続きです!

2026年2月21日土曜日の朝。6時に起きまして。

ホテルの朝食開始時間の6時半にささっと。


7時20分過ぎにホテルを出ました。

盛岡は、2016年8月以来。

到着した時に真っ先に行ったコッペパンの専門店。

出発前に、わんこそばを170杯食べた思い出があります。


今回も開店時間目掛けて、コッペパンの専門店に行ったのですが、

すでに行列が出来てました。

パンを購入して県庁方向に歩いていくと、


名所である石割桜です。

前回も見ましたが、石の間から延びる幹。

力強さを感じます。

冬囲いしてましたが、十分に感じることができます。


それから盛岡駅に歩いて行って、

みどりの窓口で購入したのは、いわてホリデーパス。

事前にJR東日本のお得なきっぷ検索で表示されたので、

購入を決めていました。

券面に表示されているエリアで利用ができるということです。


昨日の夜の計画では、宮古方面に乗って、茂市から岩泉に行ってみようとも思いましたが。

このエリアの南限近くまで行けば、

翌日に購入したいと思っていたもう一つのフリーきっぷの北限と重なることがわかり、

南下していくことに。


花巻に来ました。

花巻といえば、

宮沢賢治と現役メジャーリーガーのゆかりの地。

関係するスポットを巡ることにしました。


駅舎の端にあった観光案内所で、

観光案内地図をもらい、花巻駅周辺を時計回りに。


花巻駅を中心にざっくり

北を12時として。

4時の方向に「花巻城跡」

…昔の5000円札の肖像で有名な新渡戸稲造のゆかりの地でもあるそうで。

現地で知りました。

5時の方向に「宮沢賢治生家跡」

10時の方向に「花巻東高校」

がありました。


最後に訪れたのは、花巻東高校の最寄りに建てられていたメジャーリーガー記念のパネル。

大谷選手の手形があったので、合わせてみました。

手が大きいですね。


花巻東高校から、花巻駅までまっすぐにサイクリングロードが通っていて、

駅までの戻りは歩いて利用しました。


花巻駅から一ノ関駅に東北本線を南下。

この時点でうまく行けば、

太平洋沿岸で東日本大震災の大きな被害があった地域が見られるのではと思い、

この日の宿を気仙沼に取ることに決めました。

一ノ関駅で大船渡線に乗り換えて、気仙沼に向かいました。

気仙沼駅で線路は切れます。

気仙沼駅では、大船渡線と気仙沼線が通っていますが。

震災で被害を受けて、それぞれの方向にBRTが整備されています。

元の線路を専用バスレーンに転換しています。


今回のいわてフリーきっぷでは、以下も区間に含まれています。

大船渡線の気仙沼〜盛

気仙沼線の気仙沼〜柳津

いずれもBRT区間ということで。


気仙沼駅から大船渡線の盛方面へ乗り継ぎました。

BRTでは、当初のイメージとは違い、専用バスレーンのほか、一般道、高速道路なども通行してました。

まだ専用レーンを整備中なのか、それともこのままなのかはよくわからないのですが、

30分ほど乗車すると「奇跡の一本松」駅に着きました。

ここは陸前高田市。


東日本大震災の被害を伝承する目的の施設がありました。

この一帯は元々道の駅があったようですが、

伝承施設と合わせて新たな道の駅が整備されています。

それ以外ほぼ更地にような状況。

その中に津波被害の遺構がありました。



→③へ続きます。