5月 6日(木)
PM18:51-
佐藤慶さんが、この世を去った...。
名前を聞いてピンとこない方もいらっしゃるかもしれないが、とてもとても、素敵な俳優さんなのである。
というか、わたしの中では...一番というか、いろいろな意味で、とてもとても尊敬する俳優さんで...。
昔、映画で共演させて頂いた際...。
昼休憩時、ロケ弁を食べ終えたわたしは、ひとりベンチに腰をおろし、ぼけっとしていた。
すると、慶さんがやって来て、たしか、【痔】の話を延々聞かされたと記憶している。
とても明るい方で、その風貌とは想像できないぐらい、気さくな方だった。
と、メイキング班のディレクターさんがやって来て、「お二人が談笑されているところを撮らせて下さい」と言ってきた。
ちなみに、今でこそメイキングは当たり前だが、当時はまだまだ珍しい方だった。
とはいえ、映画の宣伝をしてくれるわけであり、断る理由はない。
が、慶さんは、言った。
「ごめんね。ぼく、メイキングのギャラまでもらってないから、撮らないでくれる」
顔が引き攣る、ディレクターさん。
わたしも、目が点になった。
しかし、慶さんはとてもとても、涼しい顔をしていた。
ふと、【背筋の伸びた人だな】...とおもった。
なんというか、善くも悪くも、その佇まいというか、心の姿勢というか、背筋が真っすぐなのである。
わたしの中の、【格好良いおじさんリスト】に、慶さんの名前は刻まれた。
以来、頻繁ではなかったが、要所要所で、慶さんと共演する機会に恵まれた。
ある連続ドラマの、打上げでのこと...。
わたしは慶さんと、ディレクターさんと、若手の俳優数名と、テーブルを共にしていた。
非常に、非常に和やかな雰囲気だった。
と、ある話題に移った際、わたしが自分の考えを語った。
今おもえば、生意気な発言だったようにおもう。
すると、慶さんの顔つきが見る見る変わり、
「それは違う」
と、低く、くぐもった声音で叱責を受けた。
わたしも中途半端に若かったので、ビビる反面、ちょっとだけムッとした部分が正直あったが、同時に、慶さんの背筋の真っすぐさを再び覚えた。
ある、スペシャル・ドラマでのこと...。
久しぶりに、慶さんと共演できる機会に恵まれた。
しかし、病後ということもあり、慶さんのご様子は、あきらかに衰えているように見えた。
とはいえ、軽妙な語り口は健在で、皆、慶さんの周りに集まっては、笑いの渦ができていた。
空き時間に、わたしがひとりぼけっとしていると、慶さんが隣に座ってきた。
すると、わたしがちょっと前に出演していた、あるTVドラマをチェックしていたようで、
「久しぶりに、いい芝居を観た。【よかったよ】じゃなくて、あれは、【いい芝居】だ。あれでいい」
慶さんはそう言うと、ニッコリと笑った。
慶さんに褒められたのは、それっきりである。
というか、それ以来お会いできていない。
しかし、たかだか42年だが、誰に褒められたよりも、嬉しい言葉と声音と表情だった。
ここまで言っていいのかはわからないが、正直、手を抜きたくなる時がある。
手を抜くというか、惰性で、なんとなく、なんとなく仕事を流してしまいたくなる衝動に駆られる時がある。
そんな時...微妙に慶さんの顔が浮かぶのだ。
「もしかしたら、慶さんがチェックするかもしれない」
そうおもうと、顔を覗かせていた怠け者の頭をぶったたき、頑張ろうとおもえるのだ。
そんな方が、どれだけいるだろうか?
慶さんと、一度だけ二人きりで、夜中まで飲んだことがある。
その時、慶さんが仰った言葉に、
「ああでもないこうでもないと芝居をやりたがる自分を殺し、いかに最小の演技力でそこに佇めるか。いつになっ たらできるようになるのかなぁ」
格好いい、なぁ。