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『つぶれバッカス』 ハヤカワシンノスケ

当たり前の日常こそ素晴らしい。
日々の暮らしの中で感じる「喜・怒・哀・楽」を
キャッチーなメロディーに乗せて奏でます♪
アコースティックギター&ピアノのユニット
STARDUST SOUNDS ハヤカワ シンノスケのブログです♪

物語は終わった…。

 

わけですが、野球というスポーツは

数字がつきもののわけです。

 

せっかくなのでもう少しだけパワプロ引っ張ります。

 

今回は選手名鑑に載っている年度別の成績編です。

 

まずは投手の成績。

 

 

中継ぎからスタートしたプロ野球人生でした。

 

3年目で抑えに定着。

 

4年目からは毎年セーブ王を獲得し

球界を代表するクローザーとなりました。

 

 

5年連続セーブ王を獲得後

先発に転向しました。

 

そこからはさらに圧倒的な成績を残します。


最優秀防御率、最多勝、最多奪三振を

当たり前のように獲得していきます。
 

2030年の1敗を最後に負けも付かなくなります。

 

 

防御率0点台は当たり前。

 

2044年にはなんと防御率0.00を達成。

 

まさに無双状態。

 

 

そんな中、最後の3年間は

クローザーに再転向しました。

 

それでも最多奪三振のタイトルは取り続け

2049年にはセーブ王と最多勝を同時に受賞。

 

そしてラストイヤーの2050年は

シーズン100セーブを達成。

 

通算成績も836勝21敗618セーブ

12576奪三振に防御率0.59と

すさまじい成績となりました。

 

 

続いて野手の成績です。

 

中継ぎ、クローザーだったので

打席に立つ機会は少なかったです。

 

そんな中、先発へ転向

=二刀流へと転向。

 

いきなり打率、安打数、本塁打数、打点と

4つのタイトルを獲得しました。

 

しかも恐ろしい数字で。

 

 

そしてその恐ろしい数字は続きます。

 

2034年からは本塁打数がカンストしてしまいました。

 

 

2041年、盗塁を始めました。

 

恐ろしい数字でね。

 

2042年には打率9割越え。

 

翌年から本塁打が減っていますが

盗塁をはじめ、他の記録を作るためでした。

 

 

その後も恐ろしい数字は続き

ラスト3年間の再クローザー時代も

打席に立てば打ちまくりです。

 

通算成績は打率.821、10218安打

4553本塁打、8476打点、1574盗塁。

 

うん、恐ろしい数字だね。

 

こんな感じでもう少々お付き合いください。

 

続く。

 

日曜日。

昨日、昼寝をし過ぎてしまったので
就寝時間は午前5時。

起床時間は午前8時。

ナンダカンダをやる。

嫁様が午前中、外出。

昼ごはんを作る。


パスタ。

長女や息子はもちろんだが
好き嫌いの激しい末娘もバクバク食べてくれた。

午後もナンダカンダ。

夕方、末娘と図書館行って夕飯の買い物して…

あっという間の1日でした。

土曜日。

今日は息子の小学校の運動会。

徒競走は1等賞。

リレーも一人抜く活躍でチームも1位。

大活躍の1日でした。


新横浜にて。
 
あの日からわずか6日後です。
 

 
いやぁ、たまらなくなってね。
 
ググってココイチあるのわかった瞬間
行かないわけにはいられない。
 
夢見る少女じゃいられない。
 
ポークカレー10辛、ライス300g
ロースカツ&ハーフやさい。
 
ハーフがすごいありがたい。
 
ハーフやさいは固定かもしれない。
 
それにメインおかずを何にするか、みたいな。
 
辛さは前回同様、10辛にしてみたが
前回より容易に食べることができた。
 
やはり辛さは慣れだな。
 
次、15辛いってみようかな。
 
あまり間隔はあけない方がいいな。
 
辛さは慣れだからな。
 

2050年の成績はコチラ。

 

最後です。

 

 

ホント、至宝やで。

 

 

いつまでユニホーム着てるんだろう??

 

 

いつまでも若々しい妻です。

 

 

たくましく成長した子供たちです。

 

 

いや、本当はある。

 

まだやれる。

 

少なくとも山本昌の50歳は超えたかった。

 

 

48歳。

 

人生はまだまだこれからですね。

 

【シーズン終了後の能力】

 

 

 

 

 

もう何年かいけると思うんだけどなぁ…。

 
おしまい。