しんのすけのブログ

しんのすけのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
今日は久しぶり?(5年ぶりぐらいかな…)のお店に夕食をとりにいったニコニコ
昔はバーだったお店がイタリアンに変わっていてメニューの量も増えてかなりの様変わりビックリマーク

思い返せば毎晩のように飲みにいってたっけショック!…だから持病を患ったのもあるかもしれないが、久しぶりのお店なので「昔」を期待してたんだけど。少し残念…

というのも、バーの時はマスターもよく話してくれてたんだけど、なぜか話すどころか笑顔もなく何だかつまんなさを感じた。飲食店はサービス業じゃなかったっけ?店の雰囲気も、スタッフの笑顔も、当然、料理もその店の味のうちじゃなかったっけ?

最後、お会計の時も目さえ合わせないし…

俺がオッサンになったのか、今時の飲食店はそういう風に変わったのか、定かではないが、少なくとも私はいくらおいしい料理を提供してもらっても、満足感はない夕食だった。
初めて書くブログにしては濃い話かもしれないが。

僕は阪神西宮近くに昭和45年に寿司屋の息子として生まれた。
当時は(まだ赤子なので記憶ではないが…)まだまだ周りに公園や空き地があり悪さをして近所のオバちゃんに怒られたり、遊ぶといえば近所の公園などで遊ぶことしかなかった。まだ、近所の商店街にはアーケードがあり雨の日でも遊べて楽しかった。

やがて、僕は大して勉強もしてなかったが、運良く岡山の私立中学校に合格し、岡山の寮がある私立に行くことになった。大学も広島に行く事になり、地元西宮にいない期間が長くなり街は変わっていった。

街が変わった一番大きな要因は震災だったと思う。それ迄あったアーケードは全て無くなり、アーケード内を行き交う人々は見なくなった。商店街のお店も軒並み閉店廃業し、一見、ゴーストタウンかと思う程人の姿を見なくなってしまった。雨の日でもぬれないで帰れてた道のりが、今ではびしゃびしゃに濡れるは、地面に敷き詰められたタイルが滑るわで、元々地の人にも、最近出来たマンションに引っ越しして来た人にも住みにくい街になってしまったと思う。先日、おばあちゃんがこけてたのも見た。昔はそんなことはなかったと思う。

また、住んでる人も変わってしまったと思う。幼き頃、あんなに仲良くしてた知人が手の平を返したように立ち退きを言って来たり、間に入って来た不動産屋が地上げ屋みたいなことを言って来たり…なんとも昔では考えられなかった様なことを平然としてくるよその土地から引っ越しして来た人がいる。

僕は、西宮の地で生まれ、おそらくこの地で最後を迎えるだろう。昔の様なアーケードが有り人々の話し声や笑い声が飛び交う街にこの街はもう戻れないのだろうか?

地上げ屋さんや都市開発に携わっている人たちに言いたい。もっと昔から住んでる人たちの声を聞いて下さい。これから、もっと高齢化が進んで行くでしょう。でも、その高齢の方達がその街を住みやすいようにしてくれていたんですよ。あなたたちの利益ばかり考えないで下さい。あなたたちが住みにくくして高齢者たちを追い出しているのです。

僕の親がして来た寿司屋が来年2月に閉める事になりました。これは、間に入った不動産屋と地主から立ち退きを迫られたからです。息子として悔しいばかりです。42年間、本当にお世話になりました。息子としてお礼申し上げます。ありがとうございました。