75歳目前で脳梗塞になったとみこさんのお話し


 とみこさんは仲間内でも特に勝ち気で活発と評判のご婦人でした。



 ひとり親の家庭で育ち、

 終戦後は別に英語ができたわけでもないのに米軍基地内で働き

 英語もアメリカ式のハウスキーピングも習得。

 結婚後も子育てしながら 


 洗練されたハウスキーピングの腕と実践英語を武器に
 
 一流ホテルのメイドとして働き続けました。



 子どもたちが独立し、ご主人を見送ったあと

 ようやく自分だけの時間!と

 今まで思うようにできなかった習い事や旅行にせっせと出かけるようになりました。

 70歳の頃です。


 それが、75歳の誕生日の直前、

 なんだかだるくて歩けない、風邪かな?と受診した近所のお医者さんから

 救急病院に搬送

 翌日には「左半身麻痺の脳梗塞患者」になっていました。


 家族や友人は

 負けん気旺盛なとみこさんのこと

 きっとリハビリにも励んで

 100%回復とまではいかないまでも

 あの豪快な笑いで退院後の生活に楽しみを見つけるだろうと思っていました。


 ところが、

 とみこさんはリハビリ病院に転院直後から

 まるで幼児にかえったかのように聞き分けることなく「家に帰る!」と言い続けて

 スタッフの手を焼かせ

 プログラム半ばでの退院となります。



 とみこさんは

 「家に帰れば、自分でまた、なんでもできる。

 入院させられてこれをやれ!これはやっちゃダメ!と指図されるから

 思うように動けないだけ」

 こんな風に思っていたそうです。


 でも、脳梗塞の後遺症で脳からの指令がスムーズに届かなくなった左半身を動かすには

 メソッドに沿った訓練が必要です。

 半ばで投げだしたとみこさんが上手にひとりで動けるはずもなく

 退院後、さらに意気消沈し、閉じこもりに。


 半年後には脳梗塞が再発して、

 その後は寝たきり。


 意識は比較的しっかりしていたものの

 テレビを見るでもなく

 ヘルパーさんや看護師さんが入れかわり立ちかわり

 身体を拭いたり床ずれのケアのためにやってくるのを

 目をつむって待つだけの生活で

 約3年後に生涯を終えました。




 老いて病に倒れたあと、

 とみこさんのように一切の希望を失ってしまう人もいれば

 そこから新たな目標を見つける人、

 新たな楽しみを見出す人もいます。



 その違いはどこからくるのでしょうか?

 


 


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