こんにちは。ご無沙汰している間に夏になりましたね。


私は東京の一人暮らしと社会人生活も丸一年が過ぎ、毎日忙しくしています。


任される仕事も増えましたよ!その分「あー!!」ってなることも多いですが・・・


家族はみんな元気です。


来月は初盆になるので、父の実家がある函館に帰ります。


家族が進学と就職で散らばっているので、納骨とお盆を一緒に済ましてしまおう!


という何とも合理的なスケジュールです(笑)


父には怒られそうですが、全員が集まるのは難しいのでしゃーないのです。


眺めに休みをもらえたので、リフレッシュできたらいいな。


ではまた!

2012年1月29日、


父が亡くなりました。


急性の心筋梗塞で、家族が見つけた時には手遅れでした。


私は今仕事で東京に住んでいるので飛行機で駆け付けたのですが、間に合いませんでした。


最後の最後まで家族を大切にしてくれた父でした。

してあげたかったこと、話したかったこと、見せたい姿、数えたらきりがありません。


今はただ、悲しい気持ちと現実を受け入れられない気持ちがないまぜになっています。


母と話した結果、このブログで父と家族の思い出を綴っていこうということになりました。


一つずつ消化して、母と妹達と一歩ずつ前に進んでいけたらと思います。


不定期な更新になるとは思いますが、今後もよろしくお願いします。


I子
初デートのランチ(カツ定食)を楽しみ、二人の仲は親密になっていきました。


当時二人がよく行ったデートはボウリング。


当時の流行に乗った二人は、マイシューズマイボールでピンを倒すことに夢中でした。


スポーツが得意で教えたがりの父は、母にあれこれ指示します。


父「いいか、真ん中を狙うんじゃなくて、真ん中から少し右にズレたところを狙って真っすぐ投げるんだよ」


母「うん」


父「腕はまっすぐに!投げる時も手首を使うんじゃなくて、腕の振りで力をボールに伝えるんだ」


母「うん」


父「なんで最後に曲がるように投げるのかなー…どうして教えてるように投げれないの?」


母、キレる(笑)




母「あー!もう!!自由に投げさせてよ!!部活じゃないんだからっ!」


父「むっ…せっかく教えてやってるのになんだよその言い方!」


母「教えてなんて頼んでないもん!」



こうして、二人はよく喧嘩していた。それでも懲りずにボウリングに行ったのは、バブル期特有の「流行に乗らなければ」という義務感であったという。。


そして、6歳も年上の自分に対して生意気にも刃向かって来る母へ


(今まで付き合ってきた女とは違う……)


と、特別な思いを持つようになるのでした。