人しれずわれこひしなばあぢきなく いづれの神になき名おほせん

『伊勢物語』


八十九段の和歌。「思いを寄せる人に知られず恋死にするなら、それはそれで仕方がないこと。そのときは、どちらの神に無実の罪名を負わせようか」。この男は何度となく恋愛の成就を祈願したが、果たされずにいたのだろう。一見不遜で、冷静さを欠いているようにも見えるが、案外落ち着いている。そうでなければ「無実の」ということばは出てこないだろう。なお、同段の本文によれば、相手は男より身分が高い人だったようである。



●参考(原文)

むかし、いやしからぬ男、我よりはまさりたる人を思ひかけて、年へける。


人知れずわれ恋ひ死なばあぢきなく
何れの神になき名をおほせむ