高市古人の近江の旧堵を感傷して作れる歌【或る書に云はく、高市連黒人(たけちのむらじくろひと)といへり】


0032古(いにしへ)の人にわれあれやささなみの故(ふる)き京(みやこ)を見れば悲しき
高市古人


【折口信夫訳】自分は、今の世の人間である。それに、昔の漣の縣《アガタ》の古い都の跡を見ると、悲しくなつて來る。ひよつとすれば、自分が、昔近江の朝廷に仕へてをつた人なのであらうか。なんだか、昔の人の樣な氣がする。(此歌は、時代錯誤に興味がある。)


【愚訳案】
おれはもう 昔の人間なのだ
こうして古い都を見れば
悲しくなってしまうのだから



0033ささなみの国つ御神の心(うら)さびて荒れたる京(みやこ)見れば悲しも
高市古人


【折口信夫訳】漣の郷の土地を領してゐられる、神の御意志に違うて、斯うした處に都を造られた爲に、神の御心にかなはず、御不興によつて、かういふ樣に荒れ果てた、都を見ると悲しくなる。(二首ながら、前の人麻呂の歌よりも、更に傑れてゐる。人麻呂のにはまだ/\虚僞が見えてゐるが、此には、人の胸を波だゝせる眞實が籠つてゐる。)


【愚訳案】
荒れ果てた都のあと
見るも悲しい
この さざなみの国の
神がお怒りになられたのだ



●原文
高市古人感傷近江旧堵作歌【或書云高市連黒人】

古人爾和礼有哉楽浪乃故京乎見者悲寸

楽浪乃国都美神乃浦佐備而荒有京見者悲毛