天皇の、宇智の野に遊猟(みかり)しましし時、中皇命(なかつすめらみこと)の間人連老(はしひとのむらじおゆ)をして献らしめたまへる歌


0003やすみしし わご大君の 朝(あした)には とり撫でたまひ 夕(ゆふべ)には い縁(よ)せ立たしし 御執(みと)らしの 梓(あづさ)の弓の 中弭(なかはず)の 音すなり 朝猟(あさかり)に 今立たすらし 暮猟(ゆふかりに)今立たすらし 御執(みと)らしの 梓(あづさ)の弓の 中弭(なかはず)の 音すなり
(中皇命)


【折口信夫訳】此国を安らかに治め給ふ天皇陛下が、終日大事に持つてゐられる、即、朝には手に執つて撫でなされ、夜になると、御傍に立てゝおかれるといふ風に、大事になさる、梓でこしらへた弓の、長い弓弭が、弦の響で鳴る音がする。朝猟《レフ》として、今擧行なされるのであらうと思ひ、又日暮れになると、夕獵として、今擧行なされるのであらうと思ふ。お別れ申して都にゐると、朝晩お弓の長弭の音が、どうかすると、耳に幻覚として聞えて來る。


【愚訳案】


天皇が宇智の野で狩をなさったとき、中皇命が間人連老を通じて献上なさった歌


びんびんと音がする
梓の弓の 中弭
朝には撫でさすり
夕には手に持って立っておられる
陛下が大事にされている その弓
その音を聞けば
朝も夕も 思うのです
ああ狩にお出かけなのだなと
弓の音をきけば



0004たまきはる 宇智の大野に 馬並(な)めて 朝踏ますらむ その草深野

(中皇命)


 
【折口信夫訳】宇智の地の廣い原に、馬を並べて、朝歩きまはつてゐられることであらう。あの草の深い野を。(一絲紊れない修辭は、感佩すべきことである。併し、既に漢文脈を引いた様な、變化に乏しい、といふ難は免れない。)


【愚訳案】

今頃 陛下は 宇智の大野に馬を並べ
草深い野を踏んでおられることでしょう 



●原文


   天皇遊獦內野之時中皇命使間人連老献歌


八隅知之 我大王乃 朝庭 取撫賜 夕庭 伊縁立之 御執乃 梓弓之 奈加弭乃 音為奈利 朝獦尓 今立須良思 暮獦尓 今他田渚良之 御執 梓弓之 奈加弭乃 音為奈里


   反歌

玉尅春 内乃大野尓 馬数而 朝布麻須等六 其草深野


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