2008年11月5日第2回期日 意見陳述書 (弁護士酒井健雄) | 新宿区ホームレス生活保護裁判を支える会blog

2008年11月5日第2回期日 意見陳述書 (弁護士酒井健雄)

平成20年(行ウ)第415号,第539号
生活保護開始申請却下取消等請求
原告 Y
被告 新宿区
処分行政庁 新宿区福祉事務所長

                    意見陳述書

                              2008年(平成20年)11月5日
東京地方裁判所民事第2部D係  御中

                               原告訴訟代理人弁護士 酒井健雄

原告代理人酒井から、原告第2準備書面の概要を述べます。
第2準備書面では、本件訴訟を原告がなぜ提起したのか、そして、憲法25条に基づく生活保護法の基本理念はいかなるものであるのか、さらには、本件訴訟において裁判所の果たすべき役割について論じています。

第1 本件訴訟の意義
第1に、本件訴訟の意義について述べます。
原告は,アパートでの暮らしを求め生活保護を希望しました。これに対して,新宿区福祉事務所は執拗に自立支援システムの利用を勧め、原告がこれに応じないと、原告が稼働能力を活用していないとの理由で生活保護申請を却下したのです。
しかしながら、「稼働能力を活用していない」という却下の理由は見せかけの理由にすぎません。稼働能力活用は申請時点,施設入所するかどうかは申請時点以後の問題であり,そもそも論理的に別の問題です。本当のところは、原告が、野宿生活者でありながら、施設への入所を断りアパートでの生活を希望して生活保護を申請した、というただそれだけの理由で却下したのです。
生活保護は、被保護者の居宅において行われるのが原則です。施設への入所は強要してはならない、と、生活保護法に明記されています。
現に,鹿児島県,大阪府,東京23区の被告以外の区など,多くの自治体では、路上生活者に対し、居宅における生活保護を実施しています。現に,事情は全く同じなのに、板橋区は原告に対する居宅保護を開始しました。
新宿区福祉事務所の運用は、居宅保護を原則とした生活保護法に反するばかりか、全国の自治体で行われている運用にも真っ向から反するという,違法かつ異常なものと言わざるを得ません。
現在、原告は、板橋区でアパートに入り、生活保護を受けながら、真摯に就職活動を続けており、自立に向けて歩みはじめています。
それにもかかわらず、原告が、敢えてこの訴訟を続ける理由は、すべての路上生活者に、生存権が法律どおり実現され、人間らしい生活を取り戻してほしい,路上生活者に対する偏見や差別を打ち破りたい、という思いからなのです。

第2 生活保護法の基本理念
新宿区福祉事務所の原告に対する対応は、生活保護法の基本理念を全く理解しないものです。そこで,第2として、生活保護法の基本理念について述べます。
そもそも、生活保護法は、すべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を保障する憲法25条を具体化し、すべての国民に、無差別に、必要な保護を行い、自立を助長することを目的としています。
「無差別に」とは,貧困に陥った理由を問わずに、すべての人に最低生活を保障することです。「自立を助長する」とは,その人の能力に相応しい状態で社会生活に復帰させることです。そのため,施設ではなく居宅における保護が原則とされているのです。生活保護が最後のセーフティネットと位置づけられているゆえんです。
社会から排除され、心身ともに疲弊している路上生活者こそ、社会生活に復帰できるように、十分なケースワーク、そして手厚い保護がなされなければならないはずです。
しかし、新宿区福祉事務所の対応は、長年まじめに働いてきた末に、路上生活に陥った原告を、「嘘つき」呼ばわりし、施設に入居しろ、それが嫌ならそのまま路上で生活すればいいと言っているに等しい差別的なものでした。
このような対応は、憲法の趣旨、生活保護法の趣旨に全く反するものです。

第3 裁判所の職責
第3に,貴裁判所が果たすべき役割について述べます。
生活保護の運用を巡っては、勇気ある当事者と支援者の熱意によって、多くの裁判が戦われてきました。
これらの生活保護裁判の結果が直接の契機になって,制度の運用が着実に改善されてきました。
今日,貧困は自己責任であるという偏見が根強く残り、社会保障費の削減が叫ばれる中、生活保護行政は、ともすれば、給付を締め付け、貧困に陥った人々を、社会から弾き出す方向に運用されがちです。そのような運用は,社会のもっとも弱い者を直撃します。
この訴訟においても、貴裁判所の判断が大きな社会的意義を有しています。新宿区福祉事務所の違法な運用を追認し,路上生活を送る人々を社会から排除して見殺しにするのか、それとも彼らの人権を正面から認めるのか。新宿区福祉事務所の異常な運用を追認し,全国の福祉現場で現に行われている暗中模索の努力を嘲笑うのか,それとも全国の福祉事務所における努力に人権尊重の意義を認めるのか。
裁判所におかれましては、貧困がますます深刻化している現実と、原告の切なる願いを受け止めていただき、法の適正な解釈と人権に配慮した適正な判決を求めるしだいです。
以上