お地蔵さん上司たちのおかげで、私は普通の精神状態になりました。

それまではいつも美女と比べられていることからの不快感や、嫉妬、小ばかにされているような卑屈な気持ちと、仕事ぶりを見られていないといった焦燥感でいっぱいでした。

今思えば、私も本当に若くて愚かだったのです。

 

お地蔵さん上司たちを見ていると、

見た目は普通。相手を威圧するような雰囲気は皆無で、めったなことでは怒りもせず、いろんな状況を忍耐強く受け止めていました。(ペコペコしているわけではありません)

そして、実際、お地蔵さんたちは、けして弱くはありませんでした。むしろ居丈高に自己主張してる人達より強く見えました。

居丈高な人達の方が気分に上下があり、不安定にみえ、いつも波が高い感じですが、

お地蔵さんたちの波はいつも一定で、船が安定しているようにすら見えました。

 

 

お地蔵さんたちを見ていて、段々自分が恥ずかしくなりました。

 

自分は美女と比べられて「うわべで判断されて私の仕事ぶりを全然みてくれてない」と不満に思ってるのに、

自分の方も、地味な上司より、目立つ上司に認めてもらうにはどうしたらいいか?

そればっかり考えていました。

つまり、自分がされたくないことを、自分もしてるじゃないかと言うこと

 

 

ある時、元会長のドライバーさん車(この方には担当を外れた後も、ずっと良くしていただきました)がこんなことをおっしゃいました。

 

車富士山は遠くから眺めている分にはいいけど、近寄ってみると、ガレ場だらけで、登山者の足元をすくったり、昼間でも真っ暗な樹海もあるわけで、けして美しいかというとちょっと違う。もちろん、どんな山も侮って登ってはいけないけども、遠くから見てるほうが美しいなあ、と思う山と、実際登ってみて美しいなあ、楽しいなあと思える山はまた別なんだよね

 

身の丈を知りなさいということだったのかと思います。

 

富士山を上司に置き換えた場合、遠くから見ている方が素敵な上司(クールさん雪の結晶や親衛隊長さんラブ)は、私がトライするべき山富士山ではなかったのです。ドライバーさん車はそれを見抜いた上で、自分が本当に良いと思えることを大切にすること、人との距離感、素直な気持ち、きれいな気持ちになることが重要だと教えてくださっていたのです。と

 

江戸っ子だった亡き祖母おばあちゃんの言葉も思い出されました。

 

おばあちゃん神輿に乗る人、担ぐ人、自分にお役目が回ってくる時が人生にはある。役目を引き受ける受けないということもあるけど、引き受けたからには、次の人にそのお役目を渡すまでは役目に徹するの。そして次の方にそのお役目は渡していくものなの

 

神輿に乗るのが、上司だとすると、私はその担ぎ手側なわけです。

担ぎ方にこだわりがあるあまり、神輿の上の上司がどんな風に担いでほしいか?が見えていなかったのです。

神輿に乗ってる人からすれば、私の担当しているところがなにかこう、他の担ぎ手よりも、動きが悪かったり安定が悪いように見えるので、役割がわかっていないなあ、ということに。

 

つまり、上司が望むところの自分の役目がわかっていなかった

 

ちょっと話が抽象的になりすぎましたが、

私の場合でいえば、クールさん雪の結晶と、親衛隊長さんラブの秘書業務は、美女さんに譲ればよかったのです。

 

上司であるクールさんと、親衛隊長さんがそうして欲しいと思ってたのですから、

そんなことはどうぞいくらでもお好きなように、と身を引くというと変ですけど、

担ぎ方を変えればよかったんです。

 

なぜなら私には他の上司(高齢部長クローバーや、ハイパーさんまじかるクラウン、お葬式部長さんチューリップがいたのですから。

こちらの上司たちとはうまくやれていたのですから。

 

もちろん、どこまでも譲ればいいということではもちろんありません。

 

とられていい仕事かどうか?

そこも、よく考える必要はもちろんあります。

 

ただ、クールさんや親衛隊長さんの秘書業務はしがみついてでもやる必要など全くなかったのです。

 

なぜなら、そういう状況は、ずっと永遠には続きません。

それでクールさんや親衛隊長さん、美女さんが満足ならば、

そこの領域は彼らの好きなようにやってもらい、私は馬鹿になればよく、

「担当である以上自分がやらなくちゃ」といった義務感でいっぱいになる必要はなかったのです。

 

ですが「生真面目一本調子」の私は、「何が何でも自分を秘書として上司に扱ってもらいたい」という気持ちに支配されていたと思います。

自分がまずクールさんや親衛隊長さんとの関係を築くことが先なのに、横からひょいっと美女さんにそこを持っていかれるのが、

プライド的に許せなかったのです。

クールさんや親衛隊長さんからすれば、

「もっと美女さんに気を遣ったらどうか?」「もっと大人になれよ・・」ということが、私に対してあったのだと思います。

私が意地を張って仕事をすればするほど、彼らにとっては「俺たちはこんな仕事、どっちでもいいんだけど(むしろ美女さんの方がいいんだけど)」という気分になっていったのだと思います。

 

ただ、そのように、美女さんに担当を付けないで役員秘書のまま、大勢いる部屋に押し込んできた人事には問題がありますし、

私が「二人で部課長室を担当するのですか?」と聞いたとき「彼女は役員秘書だからあなたと同じ扱いにはしない」と言った人事はずるいとは思います。

きっちり分担、としてしまうと、それはそれで問題がでるので、役員秘書のまま、部課長担当にはさせないけど、部課長室の中で、暖かく見守ってあげて??ダブルスタンダードを押し付けてきた人事。

 

それと、クールさんや親衛隊長さんのように、

それまで秘書が付いたことがない比較的若年の上司を担当することの難しさもありました。

 

クールさんや親衛隊長さんも、なにがしか美女さんの処遇について頼まれていたのかもしれないのです。

「どこに行ってもうまくやれないから、なんとか助けてあげて」、と言う風に。

だけど、これまで秘書をもった経験がない彼らが考える秘書業務って??

部署にいる庶務の女の子がやってくれてるような仕事なら分担させらえるにしても、

実際の秘書の仕事は分担できるほど単純ではない。

だからあえて私にも秘書業務はさせず庶務業務のみを依頼し、庶務業務ならば、美女さんと一緒に仲良く分担できるだろう、

そんな風に考えていたのかもしれません。

 

彼らから交代したお地蔵さんたちには、美女のお世話については引き継がれていないようでした。

そこはなんらかの配慮がなされたのでしょう。

 

私自身の問題に置き換えれば。

 

次は富士山どころかチョモランマ級上司がくるかもしれないし、

丸の内一の美女どころか、ユニバース級の美女と一緒に働く可能性だってあるわけです。

 

つまり、誰とでも普通に仕事をやっていける!

 

それこそが、本当の強みだということ。

 

それに若かった私が気が付くのは・・・・まだまだずっと先のことでした。