今日は、朝から歯医者に行き、奥歯を治療。
これをかまけてはいけません。授業に差し支えます笑

30分で終わり、一路、早稲田へ。

途中で、名刺入れに名刺がない事に気づいた。一瞬焦ったけど、もうこの期に及んでは
何もできない涙 平謝りしよう!

江戸川橋から、歩くこと20分笑
着きました、昔から気になっていた道塾さん。

入口に数人の学生さんらしき方がいらっしゃり、ここだと確信。
突入してきました笑

経営チームのお二人がお出迎えしていただき、会議へ。
内容は言えませんが、

感動したこと①ふくぎ茶が出た!アツい日は最高!冷やしふくぎ茶!

感動したこと②お二人の人柄。こんなこと言ったら、パターナル(上から目線)だけど、
         お話していて、安心しました。いいなあ~って。

教育系の仕事をしていることもあり、多くの方とお会いしてきました。
教育系の仕事をしている意義を見失っていたりとか、参入障壁が低いと理由だけで
仕事をしていて、「ああ、仕事に心がないな」と思うことがありました。

でも、なんか安心してしまった。お二人とも若いのに、良い空気、雰囲気。
お話ししながら、いいなって。思ってしまったのです。

でも、こういうのって大切。

安心しすぎて、写真を取るのを忘れてしまった。
誠に勝手ながらですが、

仲間が見つかった気がした。




・・・のかもしれないと思う今宵です。
お久しぶりです笑

随分と空けてしまいましたが、藤岡は元気です。

さて、今日は仕事の合間にずっと楽しみにしていた「島前神楽」の稽古に行ってまいりました。

神楽とは、神社の祭神に奉納する際に舞う神事を芸能にしたモノですが、
伝統芸能や文化の継承と教育は共通項があるのではないかと思い、とても気になっておりました。

行って、振り返って出てきた言葉が、タイトルの「松下村塾に黒板は無かった」のかも、です。

神楽の舞には教科書は無いようです。
口承で受け継がれるものですが、だからこそ、「情報の構造化」や「論理性」では伝えきれない部分まで
伝えられている気がします。そして、学ぶ側にも、かなりの集中力と学びの力が必要とされるものです。

確かに伝えやすくする為に、「情報の構造化」や「論理性」は必要です。
しかし、それだけでは表現できない、伝えきれない「匠」の技は伝えきれないなと思いました。

野中郁次郎の言う身体知、暗黙知はやはり構造化して他人には伝えにくく、
ゆえに学ぶ側に学ぶ力が必要となってきます。

学ぶ側の未来を考えた時に、果たして過剰に「情報の構造化」や「論理性」は必要でしょうか。
学びとる力が必要となってくるのであれば、幼少のころから文化を学ぶ経験をすべきなのではないかと
思います。口承で文化を学びとる力があれば、おそらくそれは一生モノでしょう。

そう考えると、今の電子黒板など様々な試行が教育環境整備においてなされておりますが、
それは本当に必要なのでしょうか。

過剰に教育環境を整備する事は、実は学ぶ側の力を削いでしまうのではないかと考えます。

だから、よく教育環境のモデルとしてあげられる松下村塾には、学ぶ側の力を最大に発揮させるために
黒板が無かったのではないかと思って、松下村塾の画像を一通り見てみました。

やはり、黒板が無かったのです。

吉田松陰は黒板を知らなかったのか、はたまた、知っていたけれども、なのか。

教育にも不易と流行を見極める事が必要だなと、思ったと同時に
子供に口承で文化芸能を教える事の重要さを気づきました。






朝日新聞、山陰中央新報、そして今度が日経です。
NHKも取材に来たとのこと。どんどんとメディアに出始めています。
http://www.nikkei.com/news/topic/article/q=9694E3E4E2EAE0E2E3E2E1EBE3EB;p=9694E3E4E2EAE0E2E3E2E1EBE3E4;n=9694E3E4E2EAE0E2E3E2E1EAE1EA;o=9694E3E4E2EAE0E2E3E2E1EBE3E2

と、同時に身が引き締まります。

来週からの海士フェーズが楽しみです。