いわゆる「コーチあるある」ですが、選手のキャンプで見た印象と実際のシーズンで見る印象は変わります。

これは日本でも同じなのですが、キャンプでの投球練習はいわば第一印象みたいなもので、そこでの評価はシーズンに入ると激変することも多々あるのです。

何故かというと、その選手の取り組み方、意識、考え方、性格など、内面がよく見えるようになってくるからです。


僕は、相当な素質がありながらその内面(メンタル面)が未熟だったり、プロの投手としては難しい考え方、性格の選手を沢山見てきました。

そういった選手は伸び悩んでしまうことも多く、そして期待値も変わってしまうことがあるのです。

いかにメンタル面が選手の成長やパフォーマンス向上に大きな影響を及ぼしているのかは、自分の現役時代の時もそうでしたが、客観的に選手を見るようになり、より感じるようにもなりました。


実際僕はアメリカでも同じように、キャンプで見ていた時の印象とガラっと変わった選手も沢山います。

「やっぱり外から表面だけ見えるものと、チームに入って一緒に過ごしていく中で見えるものは違うものだなぁ」

と、改めて思いましたね。


そうやって過ごしていく中で、僕はよく選手を見て感じることが沢山ありました。

また毎日顔を合わせ選手との距離が縮まったおかげで、選手からの質問も少しずつ増えてきました。


しかし僕は正式なコーチではなく研修という立場なので、「手取り足取り教える」というようなことは当然ながらできません。

それでもある日、シーズンに入ってからずっとコントロールが悪く、四球を連発することが続いて悩んでいた選手が、僕のところに話に来ました。

普段その選手とは、挨拶程度の会話しかしたことがなかったのですが、たぶん「藁にもすがる思い」という心境だったのでしょう。

「私のピッチングはどう見える?あとスライダーをもっと良くしたいんだけど、どうすれば良いかな?」 


僕はこれまで見てきた自分の感想を伝え、またスライダーに関しては彼の投げ方もずっと見ていたのでそれも踏まえて、彼の今までの握りを確認した上で、

「投げ方というより、こういう握りを試してみたらどうかな?」

と、少しのアドバイスをしました。(このくらいのアドバイスだったら越権行為にならないと思ってね笑)


その後、一緒に少しキャッチボールで試しながら何日かすると、「何か凄く良い感覚が出てきた」と。

また日を追うごとにその握りがしっくりきて、久々の登板となった試合でもまだ不安定な部分はありましたが、確実に進歩が見えました。


「確実にストライクが増えたし、四球も減った。

あともう少しだ!」


そしてその次の試合でなんと!…

つい2週間程前まで四球連発で自分でもどうして良いのか分からない状態であった彼は、見違える程にそのスライダーでストライクをどんどん取り始めたのです。

元々、ストレートは平均でも153km以上投げる投手なのですが、ストレートもスライダーもカーブも持ち球の全てでストライクが取れないでいました。

しかしそのスライダー1球種でストライクがどんどん取れ出したのをきっかけに、自慢の速いストレートまでストライクがバンバン入るようになったのです!


その日リリーフで今季最長の3回と1/3イニングを投げて2失点はしたのですが、四球もほとんどなく、何より自分のコントロールの不安とではなく、打者と勝負ができていた姿をベンチから見れて、僕は本当に嬉しくなりました。


しかし降板後、僕の嬉しい気持ちとは反面、失点していたので少しまたガッカリしているかなと思い少し距離を空けていたのですが、彼が僕のところまでわざわざ来たのです。

そして…


「あなたのおかげで手応えを掴めた。本当にありがとう。」

と、言葉だけでなく、なんと満面の笑みを浮かべて握手まで求めてきたのです。


正直僕は彼がこんな風に思っていたことは全く想像していませんでしたので、感謝の言葉とともに彼のあの笑顔を見たその瞬間はもう嬉しすぎて…

本当に目頭が熱くなり、正直涙を堪えました。


僕は自分では密かな手応えを感じていましたが、彼がどう思っているのかは分かりませんでした。

でも彼が同じように手応えを感じていたこと、四球の不安が無くなって打者との勝負ができたことで気持ちがスッキリしたのだと思います。


僕はこちらに来て初めて、選手の役に立ったように思えたし、何より1人の選手を救えた瞬間を味わえたことで、

「本当に良かった。もっと選手のために何かできることはないだろうか?少しでも力になりたい!」

と、より強く思うようになりました。


そしてその後の彼はもう以前の彼ではありませんでした。マウンド上の姿も堂々としていて、打者を圧倒して三振をバンバン取っていくようになったのです。


投手は、一つのきっかけで、噛み合っていなかった歯車が噛み合うかのように全て上手く回り出す。

全ての球種でストライクが取れなかった投手が、一つの球種でストライクが取れるようになった瞬間に、他の球種までストライクが取れるようになる。

メンタルも大きく影響するポジションなので、何かのきっかけでそういうことが起こり得るのです。

僕はそれをここアメリカでも目の当たりにしました。


僕は「一つのきっかけ」というものがいかに大きな事に繋がるのか、そしてそのきっかけをもっと作ってあげられるようになりたい。

改めてそう思った感動の出来事だったのでした。。