~死にトリ~スタッフブログ

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ネットの居場所ポータルサイト「死にトリ」スタッフのつぶやき。

私は普段から、自分の認識している時空が混ざる・移動させられることがしんどさになっている気がします。

時間の認識の仕方って人さまざまだろうなと思います。

私の場合は1日単位で区切られています。つまり今日は今日があるだけ、という感覚です。実際は、今日は今日だという意識もあまりなくて、一瞬ごと、一つの予定ごとにやっていくという感覚で過ごしています。

 

なので、カレンダー上の日付や曜日は分かっていない(興味もない)ことが多いです。

何かに没頭していると、今が昼か夜かも分からないです。

 

時計やカレンダーを見て、12月15日の12時15分と表示されている…だからきっとそれは正しい…でも今日起きてから今までどう過ごしていたか忘れた…思い出したい…となって、振り返りをして、なるほど、今が昼なのも納得できる、となります。なぜ今がこの時間なのか、納得できないこともあります。だいたい何かと理由とか目印を見つけて自分を納得させている気がします。

 

曜日が分からなくて地味に困るのは、ゴミ出しの日を逃すことです…。あとは買い物するときに違う曜日の広告を見て、今日はこれが割引になると思い込んで買ったら違ったりします。

 

昨日の会議で話してたあれは〜〜と言われて、私の感覚では会議は3,4日前くらいの記憶なっていることが多く、昨日?何かありましたかね…?としばらく考えこんでしまいます。

過去のことはさっさと脳内の過去フォルダに片付けてしまうので、かなり昔のことのような記憶になっていきます。

 

それを、思い出さなければいけない(他人または自分に求められて)とき、時空を移動されられる…ということが起きます。過去にポーンと飛んでいくのではなく、今にいながらにして、過去にも行かなければいけない…という無茶なようにも思えることをしています。自分が分裂するというよりは、自分は一人だけど、過去のさまざまな時点と今の高速ワープを繰り返している感じ、そしてさまざまな時空が混在している感じです。私はいつを生きているのだろうか?と思ったりします。

実際は、私はいつを生きているのか?にも、ほとんど興味がないので、悩むわけではないです。分解して、「私」という主体にも、「いつ」という時間の地点にも、「生きている」という現象の認識にも、興味が湧かないからです。

 

ただ、時空の混在と移動に振り回される…もしくは私がそれを振り回している…?ことにたくさんのエネルギーを使っているし、疲れる感じはあります。これが日常的にやっていることで、誰でもそういうふうに生活していると昔は思っていました…。

 

でも今になって、時間の認識の仕方は人さまざまだろうな(だから他の人も同じというわけではないのだろうな)と思うのは、自分の時間の認識の仕方が、これまでの経験や、上に書いたような記憶のパターン(得意なやり方)に依拠していると思うからです。

そして記憶のパターンは、(時間の認識の仕方を通して、)今ここの行動の選択にも影響している気がします。

 

過去のことはさっさと脳内の過去フォルダに片付けてしまう、という記憶のパターンは、なんとなく子ども時代から自覚していたのですが、今の方がよく理解できます。それは、「覚えていない記憶」も記憶だということが、より分かるようになったからかなぁと思います。今思い出そうとして思い出せなくても、どこかには記憶されている、というものがたくさんあると分かったからです。何かのきっかけで、身体レベルで思い出されることもある気がします。