~まだ戯言〜

~まだ戯言〜

~思った戯言を、独り言のように綴る気ままな、めっちゃ不定期なプログです(笑) (以前のブログのリニューアルです)~ 

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漢は、どんなことが起きても、それを笑い飛ばして、行動するくらいの余裕があれば、いいですねぇ。

社会人になると、仕事上での軋轢(あつれき)や、納得できないこと、どう考えても辻褄の合わない物事を、多々感じることがあります。

 

学生時代は、言いたいことを言い合い、喧嘩したり、思うままに行動ができました。(これも昭和の時代ですが・・・)

しかし、社会人になると簡単に自分の思うままに行動できないことや、我慢しなければならない時があります。

学生の時代と違って、そこには会社という組織、雇用もあり、責任も生まれています。そうゆう問題を起こすと、評価が落ちたり、解雇となることもあります。

まだやり直しが効く、20代、30代の時は、不満をぶつけて会社を辞めることになっても、やり直すことも出来るし、その会社は自分にあわないんだから、次に進めばいいんだと思います。

昔と違って、この年代でも最近は、なかなか難しいかもしれませんが。

もちろん、歳を重ねても、最後まで闘うという意思と他でやれる自信があって「我がことにおいて後悔なし」宮本武蔵の精神なら、それはそれでベストの答えなのかもしれません。

 

だが、歳をとると、家族をもったり、いろいろな生活事情や、再就職など、現実を考えると、簡単に決断できないです。

自分も20代、30代の時は、考えずに瞬間湯沸かし器のように、後先考えずに、会社で辞表叩きつけた後に、喧嘩を売ったことは何度か..(幸い、よくしてくれた先輩方や上司のおかげで辞めなくてすんでいます。今も、その上司、先輩に対して、感謝の気持ちでいっぱいです)

 

まぁ、20代、30代の時は、考えずに瞬間湯沸かし器のように、すぐ行動に出ていました(笑) でも今の自分は、会社で、どうしても我慢ならなことがあった時、一度、力強く拳を握り締めることができるようになりました。

そして拳を見つめ考える。(ほぼ、壁にぶつけてから見ることが多いが。。。(苦笑))

10代、20代は、すぐに拳(喧嘩をしかける)をそのまま振るうこともあった...

今、拳を見て考えるのは、相手のことであったり、今ここで喧嘩を売るより、いいタイミングがあるはずだとか、もっと、効果的にする方があるはずだとか...はっきり言って、経験や歳を重ねて小ずるくなったのかもしれいない(笑)

更に余裕がある場合は、面白いやないけぇ~と笑い飛ばすこともできるようにもなった。

笑い飛ばしながら喧嘩できるようになってから、会社での喧嘩で負けることは少なくなったのかもしれない。

笑う余裕があれば、感情的にならず、冷静で余裕を持って対処できる。

歳を重ねると、家族や今後のことが、すぐ浮かんで、守りに入っているのかも、しれない・・・

 

誰からも好かれる 。
憧れでもあり、凄くいいことだと思います。しかし、自分の考え方や気持ちを圧し殺して、誰にでも合わす為に適当に当たり障りのない振る舞いをしては、中身や思いか伝わらないと考えます。
ただだた、アイツは調子のいい奴だと影で言われている可能性が高いんじゃないかなと思います。
自分は、もともと万人に好かれるのは無理な不器用な人間だと思っているので、誰が相手でも折れない一本の槍や刀を持ち、自分の考え方、意思表示をしっかりできる漢でありたいと思っています。
わがままにならず、引くところは引き、間違えたら誰だろうと素直に謝る。
最低でも、これだけは守っていきたいと思います。

例え喧嘩が弱くても、
自信が無くてナヨナヨしていると言われても、
言いたいことが言えなくても、
弱々しく見えるとしても、
泣き虫だとしても、
自分が守られなければならない時に闘える勇気があれば、心に一本の芯が通った槍や刀をもっていれば、立派な漢であると自分は思います。

前のブログでは、漢(おとこ)て何だろうと語っていました。
あれから結構年をとったので、また考えが少し変わったかなと思います。
現在感じる「漢」とは、を語ってみたいと思います。

強烈な男気に竹を割ったような清さ。
見るものに突き抜けすぎた爽快溢れる感動を与える。
何かにスッこけて、そのまま突き抜けて別次元に至ったてしまうような瞬間、その生き様を指して「漢」という。
男惚れは勿論、女も惚れる。それが「漢」の生き様。
と、文書も空覚えで、はっきり覚えていませんが何かに書いてありました...(苦笑)

人によって、それぞれ感じるものは違い
人には個性というものがあります。
故に、それぞれの理想の「漢」が男には、あると思います。
自分の中の「漢」像は、特に戦国時代にあるような気がします。
命がけで一旗上げようとした男達が溢れていた時代。
そんな時代だからこそ、豪快で強く、楽しく、人のことを考えながら命をかける男は粋で、男も女も惚れてしまう。そんな男に付いていって、命を預けたいと思うほど惚れる「漢」であり、そんな「漢」を憧れ求めて、いつか自分もと誰もが思う時代であったんじゃないかなと思います。
きっと、史実に伝えられない「漢」達も沢山いた気がします。

ちなみに、漫画の花の慶次、修羅の刻は大好きです(笑)
〜草々〜


以前の題名は〜戯言〜

今の題名が〜まだ戯言〜
まだは、何年か経ってしまったこともあるけど、結婚できない男が好きなので、そこからパクったこともあります。
主役のキャラが相変わらず変わらねぇと思うところの安心感、自分も相変わらず変わらないと思うインスパイアです(笑)
 
どこかの漫画家じゃないけど、再開しますといいながら、何年もそのまま...
戯言じゃなく、たわ言になってしまって...
ふと久しぶりに自分の文書読み返してみると、ひどいし、なんか格好つけてるみたいで、あまりに恥ずかしかったので、全部消してしまいました。
ですので、また新ためて戯言を初めようかなと思っています。
また再開不能にならないように、新しいものでなく、まず前のブログを見つめ直して、現在(いま)感じ思うことを加筆修正して載せていけたらなと思ってます。
わずかな方ですが読んでいてくれていた方が、いらっしゃいました。
当時その方が何かを感じて頂いていたのなら凄く嬉しいです。ですから昔を残しつつも、現在の自分を出していければと思います。
とは言っても、きっと役にたたない好き勝手な思いを綴る戯言に、なっちゃう気がしています.....