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スターパフォーマーへの道

株式会社シャイニングの人財開発プログラム『スターパフォーマーへの道』に関連したビジネスのスキルアップをテーマとしたブログです。ビジネスシーンで、輝かしい成果を出しつづける人の思考特性や行動特性とはどのようなものでしょうか?みなさんと一緒に考えていきます。

前回【資格や高学歴が仇になるとき(3) 】の続きです。


相手に対しての“おもいやり”とは、相手の心を大切にする姿勢です。ただ優しくするのではなく、相手のことを尊重することです。


資格を取得するためには、その難易度が高ければ高いほど、その資格を持っていることに対する周囲の賞賛は期待できることでしょう。でも、賞賛では飯は食えません。その資格を活用した仕事をして成果を出さなければなりません。同様に高学歴もそうですね。


違法な手段を使わない限り、どちらも自分ひとりの力で手に入れたものですから、それは明らかに他との差別化になります。ですが、それが災いして他の人を差別的視線で見てしまっていると致命的です。資格取得の難易度が高い人ほど、他の人がどのような資格を持っているかに興味が湧きます。一流大学を出ている人ほど、他の人の学歴が気になります。そして、相手の意見を聞くかどうかを判断する。。


色眼鏡を掛けて周囲の人を見てしまっているのです。でも、これでは、相手との心の距離はなかなか近づきません。


まずは、自分が過去にどれだけの努力をしたか、ということは忘れることが大切です。そして、自分と相手を比較するのではなく、相手が今までにどんなことをしてきたのか、何ができるのか、何をしたいのか、という観点を持って相手を観察することが必要です。


そうやって探り始めれば、良いところが見つからない人は稀です。万が一、良いところが全くない人がいたとしても、その人は遅かれ早かれその場からいなくなります。


良いところが見つかったとき、そして、相手がそれを活用して何かをしたとき…「さすが」というセリフが自然と出るのです。


過去の努力や持っている資格、学歴のことを忘れて相手に着目することは、簡単なようでとても難しいことだと思います。それが心の拠り所になっている人は特に…


でも、何かを手に握っていれば、他の何かを掴むことはできません。自分が握っている何かを手放すことで、新しい扉を開くことができるのです。



つづく

前回【資格や高学歴が仇になるとき(2) の続きです。


資格や高学歴がもとで周囲の人と解り合えない状況が続くことが、リスクとして存在する。それが周囲との良好な関係を阻害することがある、というのが前回のお話でした。



さてさて、また吉田さんの著書のご紹介です。

いますぐ「さすが」と言いなさい!/吉田典史

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会社組織内で周囲と良好な関係が構築できておらず、悩んでいる方におかれては、とても助けになる、そんな本だと思います。詳細は中身をじっくりと読んでいただければと思いますが、一つだけ気をつけたい点に触れると…タイトルを見て、「それはおべっかを使えということか?」と一瞬でも思った人は、要注意です。

※おべっか[大辞苑より]

相手の機嫌をとろうとして、へつらったり、心に もないお世辞を言うこと。また、その言葉。おべんちゃら。


人と良好な関係を作ろうとしたとき、心にもないことを言えば、それは相手に伝わるものですし、その場では上手く取り繕うことができてもいずれはボロが出ます。


「王様の耳はロバの耳」で有名な散髪屋さんは、心の奥底にある本当の欲求を抑えきれなかったのです。物語の中では穴を掘って言っていましたが、それでも伝わってしまう。この「穴」は、全く無関係の人だから伝わらないだろうとする「心の油断」の象徴であると思います。そして、それは、多くの人に同じように当てはまるものです。


タイトルを見て、おべっかを使うという発想が出てしまう人は、普段からおべっかを多用している人かもしくは、いつでも直球勝負でホームランを打たれている人である可能性が高いと思います。どちらも問題ですが、どちらかと言うと損をするのは後者です。正々堂々と何事にも取り組む人間であるとも捉えられなくはないですが、それは80%が独り善がりであり、多くの人からは正直の上に馬鹿が付くと思われている残念な人です。


失敗する領域は仕事だけにとどまらず、恋愛でも玉砕することが多いです。

相手の気持ちが自分に向いていないときに自分が好きだから、という理由だけで行動してしまう傾向もありますね。


いますぐ「さすが」と言いなさいの「さすが」とは、おべっかではなく…相手に対する“おもいやり”です。



つづく



前回【資格や高学歴が仇になるとき(1)の続きです。


仕事で上手くいかないことや認められないことがあるとすぐに智識や資格の有無に結びつけてしまうのは、長い間、周囲から勉強することを誉められてきたエリートにありがちな傾向ではないかと思われます。というのが前回のお話でした。



ちなみに、仕事をしていて上手くいかないことがあるとすぐに他人のせいにして、自分はまったく悪くないとする人は論外です。ここではテーマとして扱うつもりもありません。実は、最近、そんな傾向をお持ちの方と幸運にもお仕事をご一緒させていただく機会があったのですが、見事なほどにすべてが上手くいかないですね。とても良い経験になりました。良いことがあったら人様の御蔭。悪いことがあったら自分の努力不足と考えることの大切さを改めて感じました。



話がちょっと横道に逸れました。長い間、勉強することを誉められてきた人は、なかなか行動しません。それは、失敗するリスクや嫌な思いをするリスクを冒してまで行動するくらいなら、部屋の中で本を読んだり、勉強する方が楽だし、安心だからです。


そして、長い長い間、偏差値の高い大学に入ることや有資格者としての優位性をずっと聞かされてきたことによって、自分より学歴の低い人の言うことがどんなに正しくても聞く耳を持たなくなってしまった人も中にはいるようです。



ちなみに、学歴コンプレックスと言うのでしょうか。自分の学歴が低いと思っている人の中で、学歴のことをすぐに話題に出す傾向が強い人がいます。そんな人の言い分を聞いていると…学歴が高い人は、冷たいとか高慢だという先入観があるようです。そして、見下されることをとにかく嫌っていて、他者に頭を下げて教えを請う姿勢がありません。そして、なぜか年齢をやたら気にします。年上か年下かで態度が変わります。年下の人間にものを教わることなんてありえないと思っているようです。



取得が難しい資格を持っていたり、高学歴な人は、それが仇になって他人の発言を心から聞くこと(傾聴)ができません。そして、資格を持たず、自分は智識がなく、学歴も低いと思っている人からは、智識や学歴をひけらかす嫌な奴として見られます。しっかりと仕事をやっていてもそう思われ、逆に失敗すれば、○○大学を出ているのにその程度のこともできないのか、と言われます。


この場合、資格や学歴がもとで、周囲の人と解り合えない状況が続くと…仕事が上手くいかないときに他人のせいにしてしまう、そんな人になってしまうようです。そして、組織の中で孤独になってしまうのです。



つづく