今日からアメブロ開始!
一年近く前から、CURURUっていうトコでも日記つけてたけど、
CURURUの機能がちょっとアレやったから、他んトコに乗り換えよう、って思って。
とりあえず、アメブロ 試してみます。
他にもシーサーとかもいいかんじーと思ったけど、敢えてアメブロ。
んで、アメブロのID登録するとき...
使いたいIDが既に使われまくっていた。
数字を「4649」とかつけるのは好きではないので、なんとかアルファベットだけで登録しようと必死になる。
色々試して、
「shining-ray」 ポチっと・・お、コレは使用済みじゃないぞ。おけおけ。
因みにシャイニング・レイ と読みます。めっちゃ光ってる光のことですよ。
で、登録してから思う。
まるで シャイニング・ヘッド みたいだ と
そういえば今日、土曜日やのに登校日で、しかも何故か落語家さんの公演(と落語)を聴くという日で。
桂 枝女太さん(かつら しめた) っていう方のお話を聴きました。
その 枝女太さんの頭が 激しく光り輝いてらっしゃって・・・!!!!!(激敬語)
後光が差しているかの如く、ピカアアアアアアっとね。
前髪だけ刈り忘れたみたいに残っていて、その少し残った髪の毛が
よりいっそう シャイニング・ヘッドっぷりを引き立てているかのようでした。
なるほど。あの前髪だけ奇妙に残った髪形は、計算されつくした髪型だったのか。
公演の内容は、「言葉について」。
差別用語ってありますよね。ソレらは、昔は普通に使われていた言葉らしいんですよ。
じゃあなんでそのコトバたちが、使われなくなったか?
それは、悪い使い方ばっかり 皆がしたから らしい。
んで、枝女太さんが言いたかったことは、どんなコトバでも差別的に聴こえ得るってコトちゃうかと。
たとえば、「芸人」とか、普通のコトバです。
せやけど、「芸人なんか、○○なんでっしゃろー?」とか言うたら、なんか失礼っぽい。
○○の内容にかかわらず。
「芸人のクセにさー」とかも。
ちなみに、何年も前の辞書には 「芸人」の意味として、
「芸能人の蔑称。」と書いてあったそうな。
芸人が蔑んだ言い方なんて、ハァん?って感じなんですが、
その辞書が作成された時期は、「芸人なんか~」っていう使い方をする人が多かったのかも。
枝女太さんは、よく「何で落語家になったのー?」ていうことを 訊かれるらしい。
本人、それはイヤではないらしいけど、たまに
「何で落語家なんかならはったんですか?」
って 訊いてくるヤシがいるそう。
なるほど、確かにめっちゃ失礼やん。
コトバって、使い方一つで、刃物にもなり得るから不思議。
ちょっとした語尾とかでも、受ける印象とかちゃうもんなあ。
そういえば、昨日読んだ漫画も コトバがテーマになった話やった。
HOLiCの 4巻。
「でもね、人にだけ使える鎖があるのよ。」
…読みながら、なんのこっちゃ?と思ったけど、どうやらコトバのことらしいですよネ。
この漫画は、読みながら色々考えられて 大好き。
コトバにすること、想いを、口にすること。。
たとえば「あいつムカツクよな」っていうのを話題にして、周りも「うんうん、あいつキモイ」とか言って
賛同したとする。
「そういえば俺、あいつにこんなこと言われたことあるで」って、どんどん言っていく中で、
口に出すこと、文字にすることで、その「あいつ」に対する負の感情が もっかい頭に入りなおして
より鮮明な記憶となって残る。
だから、その「あいつ」のことを、よりいっそう嫌いになってしまう。
そして、人 ひとりを集団で叩いてるときに自然と発生する、奇妙な連帯感みたいなモノが
よりリアルに 憎悪とか 嫌な気持ちを増幅さしてる気がする。
だから、人の悪口とか、そういうモンは できるだけ心に閉まっておこうと。
それに意外と、ひろ――――い目線で見ると、嫌いなヤツのこととかどうでも良くなる。
嫌いなヤツのことなんかにかまってる暇ちゃうわ って思う余裕すら最近は出てきた…
それに、どうせなら、好きなコト考えてた方が 楽しいしな。
まぁ、愚痴とか 我慢できずにこぼす事は これから多々あると思うけど、
そんときはそんとき。
っあ・・・
初回からテラナガスだな!⊂二二二( ^ω^)二⊃
もしここまで読んだ人が居たら、その人のことを神と呼びますわ。。!