64歳になりました
元気です
昨年、突然湧いて今も頭の片隅に常にあるもの
『論語』為政編にある
子曰く、
吾十有五学に志す。
三十にして立たつ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知しる。
六十にして耳順う。
七十にして心の欲する所に従したがいて、矩を踰こえず。
夏目漱石『草枕』冒頭
山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。
情に棹させば流される。
意地を通せば窮屈だ。
論語はサーキットでの練習に向かう途中にふと
俺の歳は論語だと「耳順う」だけど全くそんな境地ないわ、と
気になりGeminiに聞くと、
「人生100年時代」といわれる2026年現在の社会において、孔子の言葉を現代の寿命やライフサイクルに置き換えると、「年齢を約1.5倍〜1.6倍」にして捉える解釈が現実的とされています。
当時の平均寿命(諸説ありますが、50歳を超えれば長寿とされた時代)と現代を比較した、新たな人生観の解釈は以下の通りです。
現代版・人生のステージ解釈
20代半ば:志学(しがく)
現代の解釈: 15歳はまだ義務教育を終えたばかりです。現代では、大学卒業や院卒を経て、社会人として「何で生きていくか」を真に決意する25歳前後が、実質的な「志学」のタイミングと言えます。
45歳〜50歳:而立(じりつ)
現代の解釈: 30歳はまだキャリアの形成期です。転職や学び直しが当たり前となった現代では、自分の足でしっかりと立ち、専門性や地位を確立するのは40代後半からという見方が強まっています。
60歳〜65歳:不惑(ふわく)
現代の解釈: 40歳は「迷い」の真っ只中(ミッドライフ・クライシス)であることが多い世代です。定年を意識し始め、人生の後半戦に向けた覚悟が決まる60歳前後こそが、現代の「不惑」に相当します。
75歳〜80歳:知命(ちめい)
現代の解釈: 50歳は現代ではまだ「青年時代」の延長とも言えます。現役を退き、社会への恩返しや、自分の人生の真の役割(天命)を悟るのは、平均寿命を考慮すると80歳近くになってからかもしれません。
90歳〜:耳順(じじゅん)・従心(じゅうしん)
現代の解釈: 他者の意見を素直に聞き、自分の心のままに動いても道に外れないという究極の自由は、90歳を超えた超高齢期の境地と重なります。
社会環境に合わせた変化
現代では「教育→仕事→引退」という3ステージモデルから、生涯にわたり学びと仕事を往復するマルチステージモデルへ移行しています。そのため、孔子の時代のように「一度決めたら惑わない」という固定的な価値観よりも、「年齢を重ねるごとに新しい志を立て直す(リカレント教育・リスキリング)」という柔軟な解釈が、2026年現在の幸福な人生観として支持されています。
死生観を大切にしながら日常を送り、毎年こんなブログを書いていると、今自分がどの辺りに位置しているのか気になります
で、ふと頭に湧いたのかもしれません
孔子の時代も同様だったのでしょう
死から色々な事を逆算して生きるのは、時代を超えた普遍的な営みなのかもしれません
草枕は、古い友人に久々にお会いしたときに
相変わらず率直に物事を、昔話も含めて話す私に、「嫌われてるよ」と
「そう言われるとゾクゾクする」と答えたときに浮かびました。
自身のタイプは
「智に働けば角が立つ」だと思っていますので、
智:理性や知識、論理的思考
角が立つ:人との摩擦や対立が生じる
意味:理性的に物事を判断し、正論を述べると、他人との間に摩擦が生じ、人間関係が悪化してしまう
角が立って普通だとも思っていますし、慣れています
また草枕の次の件はより人世の洞察を与えてくれます
世に住むこと二十年にして、住むに甲斐ある世と知った。二十五年にして明暗は表裏のごとく、日のあたる所にはきっと影がさすと悟った。三十の今日はこう思うている。――喜びの深きとき憂いよいよ深く、楽みの大いなるほど苦しみも大きい。これを切り放そうとすると身が持てぬ。片づけようとすれば世が立たぬ。金は大事だ、大事なものが殖えれば寝る間も心配だろう。恋はうれしい、嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ。閣僚の肩は数百万人の足を支えている。背中には重い天下がおぶさっている。うまい物も食わねば惜しい。少し食えば飽き足らぬ。存分食えばあとが不愉快だ。……
論語の「不惑」は自分(自分のタイプ)を知るという事なのであれば、Geminiにの言うように不惑の世代かもしれません
もっとも、ずっと以前から自分のタイプとは折り合いが付いていたような気もしますが、
また、こうも思っています
「人と比べても仕方ない」
自分のタイプと折り合いが付くと
「自分は自分、人は人」が自然と身についてきました
全ての答えは自分の心のずっと奥の方に既にあることが分かり、他者からの情報は自分の答えを引き出すきっかけでしかないとも
哲学的な話ですが
・世界を知りたい(自分から見る外部)
・今どこにいるのか知りたい(外部から見る自分)
・自分を知りたい(自分から見る自分)
二十歳の頃に読んだ本やそれ以降に経験した沢山の情景
読み返したり、再訪してみると当時とは違う感慨を呼び起こします
子どもの成長はもちろんですが、若い世代の活躍が嬉しいです
こんなことが感じられることが年取ることの良い点、成長だとますます噛み締めながら
仕事における日々新しい課題への挑戦、
鈴鹿サーキットでの4輪のタイムトライアル、
タモリのような地質学の教養、
「動き、知る」
そんな一年にしたいと、64歳を元気にスタートします!!
