“苦手な人” を利用させてもらう | UCHIKATSU

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「てれびを消して、スローな夜を」

フィリップ・マーロー
「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きていく気にもなれない」



最近よく考えるのは「利用する、利用しちゃおう、利用させてもらう、活かす、活用する」ということ





例えばこういうことがはるかはるか昔にあって

[かわいいなと思う子がいて、その子から『○○さんこれ詳しいよね、今度これ教えて^^』と言われた私。

ほんとは詳しいとまでは言えず、少し知ってる位のレベルだったが、その子に教えたいと思った私は快諾。

そしてその後私は、半分困ったわけだが、「これを機に勉強しちゃおう」と思い、勉強して、その子に教えるためにがんばった

だがしかし、結局その子からは「あ、この間のあれ、別の人に教えてもらったから大丈夫だった」と言われ、あれっと思ったが、その子は私にとっては可愛かったから許せた]

といったことがあった。






でも実はこれ許せたのは、「その子が私にとっては可愛かったから」ではないんです

私の考え方がこうだったから

【“可愛い子に教えたい^^”その自分の気持ちを利用して勉強しちゃおう。モチベーションにして勉強しちゃおう】

ということだったのです。

つまり、自分が勉強するということが目的で、【可愛い子に教えたい^^】は目的にたどり着くための手段にしたわけです

だから、「えっ、教えてあげようと思ったこっちは一生懸命勉強したのに、なんだよ、可愛いからって許されるわけじゃないぜ」と怒りプンプンにはならずに、
「あっ、そう、残念だけど、利用させてもらって、自分勉強して詳しくなれてよかった」

と内心、思えたわけです






私は、あまのじゃくなので、こういう風に、何かを理由に、それも自分が喜びそうなことをダシに使ってやると、私の心のエンジンがスイッチオンになる。
つまりモチベーションがアップするわけですが、そういう風に利用する、っていいのかな、と最近思う

ただ「利用する」じゃ、横柄かな、なんていうようにも思えるときがあるので

「利用させてもらう」
「活用する」

などと考えてる






なんだけど、これって人生なのかな、って少し大げさかもしれないけど思う

目の前の人、自分の周りのことを、最大限活かしていく、それが人生の醍醐味、自分の人生の有効利用なのかな、と

今・ここを生きる

大げさかもしれないけど、そんな風に思う昨今






そう考えると、「あいつ嫌なやつだな、あまり一緒にいたくないな」と思う人がいても

「そうだ、この人を利用して、自分の苦手な相手とのコミュニケーション能力を鍛えちゃえばいいんだ」

などと考え、その人を利用させてもらったりしてます

そうなると、不思議ですが、

「苦手な人、ありがとう m(__)m 」

とも思えてくるときがあるのです






あまのじゃくな私の生きる道