青梅以来の大会となるので
久し振りですね。ちょっと緊張かなσ(^_^;)
今回も大会後に一泊してゆっくりしようと考えています!
温泉街を満喫しよう!
美味しいお店や楽しいところが
あります様に*・゜゚・*:.。..。.:*・'(*゚▽゚*)'・*:.。. .。.:*・゜゚・*
愛してる、ついてる、うれしい、楽しい、感謝してます、幸せ、ありがとう、ゆるします。
iPhoneからの投稿
4月の締め括りは、七草寺巡りコースです(≡^∇^≡)
17kのコースですが、多少のアップダウンがありますので
天気もそこそこで、楽しく走ってきました。
途中にはもう葉っぱになってしまった桜!
それから、ハナミズキもたくさんあります。
『薄紅色のかわいい君のね。。。
果てない夢がちゃんと終わりますよに。。。
君と好きな人が100年続きますよに。。。』
きっと100年じゃなく、もっと続くよp(^-^)q
今月はONETOKYOのログ機能のお陰!?で
よく顔晴って来ました。
本当に久し振りに一ヶ月間、記録出来ました。
OK!189k!!
200k走れるといいよね。(*^ー^)ノ
愛してる、ついてる、うれしい、たのしい、感謝してます、幸せ、ありがとう、ゆるします。
師匠の本を読み返して、更に関連本を読み返しているうちに
なんとか地震の夢を見なくなった。(*^_^*)
ので、これまでの間考えていたことを留めておきたい。
3/11津波の映像を見た時、真っ先に想い出したのは・・・・・
「岸辺のアルバム」というTVドラマ。。。
1977年放映ということだから、ちょうど15歳(ううう歳がばれる・・・)
ちょうど多感なお年頃でしたね。。。(*^.^*)
堤防が決壊して家が流されるシーン(実際の映像が使われていた)が強く記憶に残っていた。
しかし、内容はうろ覚えだったのでちょっと調べてみた。
1974年の多摩川(狛江市)でのことだった。19軒の家が流されたらしい。
YouTubeでは、最終話のオープニングしか見当たらなかった。
今回の津波でこのドラマを想い出した人は多かったようだ。コメントが震災後に付けてあった。。。
このドラマでは、何回も家が音を立てて流されていくシーンがあった様な気がしていたが、
この最終話のオープニングに災害シーンはなかった。
この災害の頃12歳になっていた訳で、実際のニュースの記憶もダブって残っているのかも知れないね。
家族それぞれの人間模様が描かれながら、象徴である家が流されて行く。。。
この時も人間の無力さとともに生きることの意味、家族社会を考えさせられ、
素晴らしいドラマだったにもかかわらず、『怖い思い』と共に記憶している。
3/11。。。流れる風景(TV映像)を眼前にただただ呆然とする自分。
毎日流れる津波の映像と福島原発の様子。
喪失感・無力感・悲しみと不満。。。その中での『報恩感謝』
バランスが取れないでいた。
でも『ありがとう』なんだ!
かなり必死だった。
2日3日おきに余震の夢を見た。
『生と死を越える道』
やっと肩の力が抜けた。
いいんだ!泣きたい時は泣いちゃえば良いんだ!!
悲しみに震えても、怒っても良いんだ。
『何故神は。。。』疑っても良いんだ。叫んだっていいんだ!
「ありがとう」なんて言えなくても良いんだ。
心底感じることを感じるままに大切にして、それでいいんだ!
やっとやっと力が抜けました。
ありがと。。。(ノ_・。)もう大丈夫だから。。。