如何に貧しい者でも野山に入って自由に持って来られる柴や枯れ枝が、水の彼方の国だけでそれ程にも貴重であったという所に最初の重点が置かれていたのでは無かったろうか。誇張は昔話の興味の一つでは有るが、それにしても報酬というものが功労に対して大きすぎる。何らか後の人の忘れてしまった教訓がこの間にあったようにも想像せられる。

民俗学がもしも多くの生活群の比較の上に立つ学問であるならば、今在る形まで到達した道程又は順序を尋ね究むべきは当然であろう。

世界の民間説話の最もありふれたモチーフ、日本で二人椋助とか上の爺下の爺とか言っているものは、ここでも早くから富兄貧弟の形を以て通用したものが多かった。

あの神代巻の海幸山幸の物語などもこの系統の一つの挿話のあまりに有名になったものということができそうである。

 

勉強がてらに、柳田国男の全集を簡単に要約してブログに記す試みです。