ゼレンスキー大統領がアメリカを訪問し、
トランプ大統領と會談した。
しかし話し合ひはまとまらなかつた。
口論となり、物別れに終はつた。
ふと思つたこと。
當然2人とも英語で會談、そして激論となつた。
ここまで會話できるのは日本人で何割位だらうか。
1割もゐないかもしれない。
學校で行はれるリスニング試驗のやうな文法通りの話し方では
ないだらう。
英會話、難しいな。
聞く、讀む、話す、書く。
難しいな。
最近雪が多いな。
これだけ雪が降つた冬は何年ぶりだらう。
ごく普通でこれが平年竝みだらうか。
雪が多く降ると夏に渴水が起こりにくくなるといいな。
晝、テレビをつける。
のど自慢が映つた。
今日の放送はなんと三重縣尾鷲市。
行つたことあるよ。
次囘は尾鷲の街中を散策してみたい。
ぶりを食べてみたい。
新聞を讀んでゐたらある町の選擧が書いてあつた。
京都府相樂郡宇治田原町の町長選擧である。
候補者一覽が出てゐる。
私が氣になつたのは、中村恵利華さんといふ候補者。
住所は京都府八幡市、年齡は滿34歲、職業は無職、
といふ情報がある。
顏寫眞は公表しなかつた。
ポスターもないのだらう。
宇治田原町に住んでゐなくても立候補できるのか。
私の讀んだ新聞には、
京都府宇治田原町長選 候補者の主張と横顔を紹介|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニュースサイト
「28日に告示された京都府宇治田原町長選は、現職の西谷信夫候補(65)と新人の勝谷聡一候補(47)、同じく新人の中村恵利華候補(34)が競つてゐる。西谷候補と勝谷候補の主張や人柄を紹介する。中村候補は代理人を通じ、寫眞撮影や取材に應じないとしたため掲載しない。」
「中村氏は經歷や寫眞など各種情報非公表で街宣活動も行はない構へ。」
「中村氏に關しては氏名、住所の一部、黨派、職業のみの公表で、本人の「これ以上の情報を渡したくない」との意嚮により、本紙では寫眞・記事の掲載を制限しております。」
となつてゐた。
そして、
2月3日の選擧。
京都府宇治田原町長選、町政刷新を訴えた47歳の勝谷聡一さん当選 元上司に挑んだ選擧戰、勝利の理由|京都新聞デジタル 京都・滋賀のニユースサイト
「新人の中村恵利華さん(34)は支持が廣がらなかつた。」
結果、
勝谷 聡一 2827票【当選】
西谷 信夫 1735票
中村 恵利華 61票
※投票率は65.86%(前囘比3.31%上昇)
名前は「中村えりか」とひらがなになつてゐる。
町長選擧での供託金は50萬圓だといふ。
中村恵利華さんはなぜ立候補したのだらうか。
おそらく供託金は戾らなかつただらう。
記憶に殘る選擧となつたのであつた。
これからも頑張れ頑張れ恵利華。
時は平成6年、
私は國際聯合の組織圖を見てゐた。
こんなに組織があるのか、
國聯は巨大組織なのだと思つた。
その中で氣になつた組織がある。
「國際開發恊會」である。
國際開發恊會とは「International Development AssoCiation」の略で、
「國際開發協會(IDA)は世界銀行のグループ機關であり、世界で最も貧しい國國を支援してゐます。1960年に設立されたIDAは、世界銀行設立以來の貸出機關である國際復興開發銀行(IBRD)の活動を補完し、世界各國の未來への投資、生活水準向上、より安全で豐かなコミユニテイの構築のために無利子またはごく低金利の融資(「クレジツト」)と贈與(「グラント」)を提供してゐます。 IDAは、世界の75の最貧國に最大規模の資金援助を行つており、これらの國國の基礎的社會サービスを支援するドナー基金として單獨では最大規模を誇ります。」
引用終はり
當時は組織の名前を見る位で止まつてゐたが、
今はすぐに調べられる時代。
當時の私なら色んな事を調べるのであらうか。
テレビを見る。
毎日放送でdボタンを押す。
何と、「天秤座×O型」が1位と書いてあるではないか。
星座は12、血液型は4あるので、
合計48通りある中での1位。
今日を振り返る。
そんなにいい事あつたかな。
1位になる程の事はなかつたやうに思ふ。
「今日にやるべき事を濟ませておかう」
とあつた。
できたかな。
何事もなく終はつたので、
そんな日は1位なのだ、
さう勝手に思ふことにしやう。
今日は衣裳ケースを賣つた。
安かつたけど部屋の整理になつたと思ふ。
物を減らしていかう。
いい天氣で寒かつたけど氣持ちよかつた。
一昨日、雪が降つた。
私が住んでゐる所は30cm位降つた。
車の運轉がどうしても怖い。
雪を踏み、蛇行した。
氣を付けて、運轉したい。
氣を付けて、運轉したい。
滋賀を訪ねた。
大津市を北上し琵琶湖大橋を渡る。
猛吹雪で、車が搖れる。
守山に入ると吹雪は止み、晴間が出た。
そのまま北上し、近江八幡、東近江、彦根と走つた。
彦根市街を見ると、新しい家が建ち景色が變つてゐた。
しかし殘つてゐる建物や道があり、記憶を蘇らせることができた。
最後、米原との境目まで行く。
湖岸は颱風竝みの風で、水しぶきが出てゐた。
彦根市內に戾り、車を停める。
前に行つたことのある本屋は今も營業してゐた。
本棚の配置が變はつてゐた。
30分見て2册購入する。
横斷步道に着くと、路線バスが止まつてくれて會釋して渡る。
彦根驛前は新しい店ができ、營業準備中だつた。
街中を走る。
まだまだ私は彦根の地理を忘れてゐなかつた。
何度か通つた散髮屋はそのまま營業してゐる。
新しい店ができたり空き店舗が増えたりしてゐるけど、
私は彦根の中心部、商店街が好きだ。
色色なことがあつた。
上手くいかなかつた事ばかりであるが、
滋賀での暮らしは忘れられない。
滅多に行けないけれども忘れないでゐたい。
淚が出さうになつたが、堪へた。