「藍」の生産から販売までを体験し、マイクラで理想の町を表現
徳島県上板町立高志小学校
徳島県上板町立高志小学校(以下、高志小学校)は、全児童数123名(令和3年4月時点)の小さな学校だ。同校は日頃からICTの活用に積極的に取り組んでおり、探究学習においては、令和3年に博報堂教育財団から第五十二回「博報賞」を、時事通信社から第三十六回「教育奨励賞」を受賞するなど評価されている。
高志小学校では毎年、地元の一次産業を題材に総合学習を行なっている。昨年の5年生は「藍」を取り上げ、上板町が推進する「エシカル消費(社会課題の解決につながる、人・社会・地域・環境に配慮した消費活動)」を柱にし、地域の未来を考える課題解決型学習に取り組んだ。学習全体の流れとしては、藍の生産から販売までを子どもたちが実体験し、その過程で学んだことを元に、教育版マインクラフトを活用して「藍とエシカル消費を広めるための理想の町」を表現する、という活動になる。
「藍」について学んだ後、教育版マインクラフトで学んだ内容を表現する
最初の学習は、生産者や起業家を招いて話を聞き、藍染めの魅力からエシカル消費、フェアトレード商品まで広く学習するところからスタート。また子どもたちは藍の栽培にも挑戦し、種まきから収穫までを経験。コロナ禍で学校も休校中だったが、子どもたちの自宅に藍の種が届けられ、藍染師が植え方を説明する動画を見ながら栽培に挑戦した。
子どもたちの自宅に藍の種が届けられ栽培に挑戦
藍を収穫した後は、自分たちで縫った布マスクを藍染めして、ハンドメイドの通販サイトで「藍染めマスク」として販売した。子どもたちは、マーケティングからSNSでの広報活動、商品の発送まで、「販売班」「SNS班」「広告班」「包装班」の4つのチームに分かれて商品を完売させた。日本の学校で子どもたちが商品の企画・制作から販売までを経験することはめずらしいが、同校では消費者教育のひとつとして取り組んでいるという。
通販サイトでマスクを売る「販売班」
ネットでマスクの魅力を伝える「SNS班」
チラシを制作する「広告班」
マスクを消費者に届ける「包装班」
こうした活動の後に、いよいよ教育版マインクラフトが登場。藍の生産から藍染マスクの販売まで、活動を通して学んだことをさらに深めるために、今度は「藍とエシカル消費を広めるための理想の町」について考え、マインクラフトで再現する。地元の産業を発展させつつ、人や環境にとって良い町とはどのようなものか。5年生18名で協力しながら、ひとつの町を作っていく。
藍とエシカル消費をテーマに理想の町を建築。5年生18名で共同作業
子どもたちは町を「ハッピーエシカル藍ランド」と命名。全員でひとつのワールドに入り、グループに分かれて、工場やオフィス、資料館やショップなどさまざまな施設を制作した。学習の過程で得た知識や経験を制作に生かし、SDGsやエシカル消費に考慮した理想の町を見事に表現した。
工場やオフィス、資料館やショップなどさまざまな施設が作られた「ハッピーエシカル藍ランド」
マイクラは、体育のサッカーで作戦を決めて取り組むのと同じ感覚
子どもたちは、どのようにマインクラフトの制作に取り組んだのか。またマインクラフトを活用した学びについてどのように感じているのだろうか。クラスを代表して、現6年生の佐野杏菜さんと安藤康陽さんに話を聞いた。
話を聞かせてくれた現6年生の安藤康陽さん(左)と佐野杏菜さん(右)
今回の制作はまず、「どのような建物を作り、どのように配置するのか、町の構想を考えることから始めました」と佐野さん。クラス全員で建築する施設を考え、グループでホワイトボードや自分のノートに町のアイデアを書き出して配置を考えた。売り手や買い手、そこで働く人や地域にとって、どのような施設が望まれるのか。さまざまな立場の人をイメージしながら構想を広げていったという。
各グループでマインクラフトで作る町の構想を考える
話し合いの結果、町の中心に藍畑をつくり、上空から見ると藍の葉の形になるよう施設を配置するアイデアに固まった。入口には案内所があり、生産過程がスムーズに進むように左回りに工房、工場、オフィス、資料館、地産地食レストラン、藍ショップの順番に施設を並べる。上板町が誇る藍とエシカル消費を世界に広めるための施設が揃った充実の「ハッピーエシカル藍ランド」だ。
マイクラでどんな町を作るか、みんなで話し合って構想が完成
続いて、誰がどの施設を制作するか担当を決めた。制作する際は、担当する施設ごとに班になり、それぞれが自分のパソコンの画面を見つつ、同じワールドの中に入って共同作業。子どもたちは向かい合って、コミュニケーションを取りながら作業を進めた。安藤さんは「マインクラフトでみんなで計画的にワールドを作る作業は、体育のサッカーで作戦を決めて取り組む感じと似ている」と、その作業の感覚を教えてくれた。
マイクラの共同作業は、「体育のサッカーで作戦を決めて取り組むのと似ている」
ちなみに、ふたりともマインクラフトは経験者で、小学校1年生のときからゲーム機で遊んでいたという。学校でマインクラフトができると聞いた時はうれしい半面、パソコンのキーボードでうまく操作ができるか不安だったそうだ。しかし、やり始めてみると、実際に苦労したのは操作ではなく、"アイデアをカタチにする"部分だったという。
オフィスを担当した佐野さんは、どうすれば働いている人の労働環境が良くなるのか、考えるのに苦労したそうだ。
「ただ仕事をする場所を作るのではなく、労働環境も考えて、従業員が休憩できるところを作りました。また休憩する場所にテレビや飲み物を置いて、働いている人同士が仲良くなるような工夫を考えました。マインクラフトでオフィスを作る前に、バングラデシュの縫製工場で起きた事故についても学んでいたので、班で労働環境を意識しようって話し合いながら作りました」(佐野さん)と、大人も驚くようなしっかりした構想を持って作っていたことを教えてくれた。
一方、藍ショップの制作を担当した安藤さんは、「マインクラフトでショップを作ることよりも、ショップ内に並べる商品の種類をどう増やすか悩みました」と話してくれた。「ネットでどのような藍染め商品があるのかを調べていたら、家で藍染めができるキットを見つけて、“これがあれば、もっと藍染めを広めることができる”と思い、(マインクラフト内の)ショップの商品に加えたりしました」と安藤さん。
2人とも、マインクラフトの制作を通して、それまで学んで得た知識や経験が生かされ、考える内容や視点が広がっていったことがよく分かる。またマインクラフトの建築そのものを楽しむことを超えて、労働環境や商品の販売など現実的な課題に向き合い、それらを解決するためにはどうすればいいかという、「自分事」として考えていることが何より素晴らしい。
従業員が休憩するための専用スペース。労働環境だけでなく、働いている人同士が仲良くなる工夫も考えた
藍染の商品が並ぶショップの外観。環境を考えて木材を使用し、さまざまな人の来館を想定してユニバーサルデザインを取り入れた
佐野さんはマインクラフトの学習を通して、「発想力や表現力が成長したと思う」と語ってくれた。
「今までの学習は、藍がテーマだったら”藍だけを知る”ことが多かったように思いますが、マインクラフトを使うことで、藍以外の、周辺の問題を考えられるようになりました。労働環境についても、オフィスで人がどのように仕事をしているのか、その様子をYouTubeの動画を参考に表現しました。こういうアイデアは、絵で描くのは大変ですが、マインクラフトではいろいろな場面を少し工夫すれば簡単に表現できるので、表現力が上がったと思います」(佐野さん)。
また安藤さんは、地域や藍のことを広げる想いを強くしたと同時に、「マインクラフトの制作を通して、自分がどういう行動をすれば広げられるか、と考えるようになりました」と話してくれた。
「マイクラでは工房や工場、藍ショップまで、物の流れを考えて順番に配置したり、町をより良くするためにはどうしたらいいのかを考えました。また、工場の労働環境やショップの接客をどうしたら良いかなど、藍のことだけじゃなく、藍からどんどん枝分かれして、さまざまな事を考えられるようになりました」と安藤さん。担当した藍ショップには、外国人のお客を考慮して英語の案内を設置したり、ユニバーサルデザインを取り入れるなど工夫を凝らした。
2人の話からは、総合学習の仕上げとして、マインクラフトが子どもたちの考えをさらに発展させるツールとして役立つことが伝わってきた。大人は「マインクラフトはゲームだから」と思ってしまいがちだが、子どもたちはテーマや世界観を表現するために、さまざまなことを考えて作っていることがよくわかる。
工房や工場から藍ショップまで、物の流れを考えて順番に配置
リアルとバーチャルを行ったり来たり。未来の社会に役立つ感覚が養える
徳島県上板町立高志小学校 中川斉史校長
総合的な学習の時間に教育版マインクラフトを活用する高志小学校。その意図や学習の成果について、同校の中川斉史校長に話を聞いた。
まず、教育版マインクラフトを導入した理由として中川校長は、「すでにほとんどの子どもがゲームとして遊んだことがあり、ハードルが低いと思いました。また同じワールド内で複数人が共同作業できることも魅力でした」と語った。もちろん児童全員がマインクラフトの経験者ではないが、子ども同士で教え合いが生まれやすいのはマインクラフトのメリットのひとつ。高志小学校では、2020年度から4、5、6年生に導入している。
また中川校長は、教育版マインクラフトが持つ教育的価値について、バーチャルとリアルを行ったり来たりしながら活動ができること、子ども同士のリアルなコミュニケーションが活性化されることを挙げた。
「ワールド内で自分がどこにいて、友だちは今、どこで何をしているのか。バーチャル上で作業を把握しつつ、子どもたち同士はリアルに顔を突き合わせて『こっちはどうする?』『そっちは出来てる?』などの声がけが自然に発生する、こうした体験ができるのがマインクラフトの良さですね。マインクラフトの中で共同作業をしたり、個人の作業に戻ったり。必要に応じてリアルで会話をしたりと、バーチャルとリアルを行ったり来たりする。児童たちにはこの体験をさせたかったのです」と語った。
このような中川校長の想い、その根底にあるのは、「目の前にいる子どもたちは、15年後にどんな仕事をしているのか」という問いかけだ。
「今の子どもたちが社会で働く15年後、昭和のような決められた仕事をやっているとは想像できません。これからの子どもたちは柔軟な発想とICTを使ったいろいろなスキルが必要になるでしょうし、特にマインクラフトのような3次元空間を動かすスキルは重要です。今、学んだICTスキルがそのまま将来も使えることは少ないと思いますが、”発想としてのスキル”は残るはずですし、体験しておかないと身につかないスキルや感覚もたくさんあります」と中川校長。マインクラフトで体験できるICT経験の重要性を語ってくれた。
一方で、マインクラフトはゲームでもあり、子どもたちが熱中しやすいがゆえに学校で取り入れるには心配もある。
これについて中川校長は、「そもそもマインクラフトで何をするのか、子どもたちの中で目的がはっきりしていれば問題は起きにくい」と指摘した。それに加えて、「マインクラフトは限られた空間であり、しかも教育版は、学校の管理下でしか使えないので、安全に失敗できる場所だと捉えています」とコメント。学習の目的を子どもたちが理解していれば、マインクラフトで問題が起きる可能生は低く、失敗も経験のひとつになるのではないかと語った。
実際に高志小学校では、マインクラフトを取り入れた学年で問題が起きたことはなく、それどころか、普段のコミュニケーションが活発になる傾向があるそうだ。「ひとつのことに対する話し合いも、お互いに褒めたりダメ出ししたりすることを恐れず、意見交換を好むようになりました。子どもたちがマインクラフトを通して、一緒に良いものに仕上げていこうという共通意識を持てることが、他の学習にも良い影響を与えていると思います」と話す。
高志小学校の取り組みを振り返り、改めて、教育版マインクラフトで子どもたちが学びに熱くなり、自ら課題解決力や協働のスキルを育む姿が頼もしく感じられた。こうした学びの姿を見せてくれた子どもたちを前に、「マインクラフトはゲームだから使わない」という大人の考えはもはや通用しない。学びを変えるツールとして取り入れられるかどうか、大人の創造力こそ問われているといえる。