防音ブース 防音ドア&防音ガラス&グレモンハンドル
まず防音ガラスを設置することにしました。
オーダーガラスドットコムで検索するとサイズを自由に加工してくれる
会社があります。今回そこでペアガラスを発注しました。
ペアガラスとは、2重ガラスで、間に空気層を入れることにより、より効果的に
防音できるガラスです。
今回30cm×90cmで注文して約3万円。高いですねガラス。。。
まずはガラスの為に枠を作っていきます。
ビスで柱に2*4材を固定していきます。少し不安だったので↓の木を支えるL字金具で
支えもつけました。
枠の中にガラスをはめました。ガラスの固定は2*4の枠にさらに小さい木の棒で両側から固定してます。
そして→にドア枠を同じく2*4で枠組
そしてドアを作ります。
サイズを合わせた、合板5層のベニヤを2枚使い、間には45cm角の柱で使った、杉荒材を使いました。
そして間にはグラスウールを埋めてます。比較的簡単にできました。結構重いです。
取り付ける金具はホームセンターに売ってます。何百円ってかんじで安いです。
そして俺の場合は枠のほうを金具に合わせて金具分の厚みを彫刻刀で彫りました。
ドアも彫ればよかったですが、寸法的にいけたのでそのままいきました。
そしてドアを閉めてみると、あ しまらねえ。。。
サイズが少しだけ大きかったようです。
めんどくさがりなのでその分ゴム板を使ってカサあげして調整しました。
ようやくドアが閉まりました。運よくかなりぴったり!
よっしゃあ!
ドアのハンドルを次につけます。
グレモンハンドルという閉めた時にひっぱれるようになっているハンドルをつけます。
まず芯棒より大きい穴を開けます。ドリルの刃は1000円くらいで買えます。
11mmの芯棒に対して13mmの穴を今回開けましたが、芯棒が四角いので最初回らなくなってしまい、
何回か穴を開けました。かなり大きめのほうが楽ですよ。
ちなみにグレモンハンドルで検索してシブタニ製のグレモンハンドルを買ったのですが、ドアの厚みに
よって価格が変わるようです。俺のは1万円くらいかかりました。
とりあえずくっついてまわせるようになりました。
位置的にドア枠を切り取る必要ができたので切ってます。
このままだとハンドルの支え部分とドア枠に隙間があるので工夫をします。
これでひとまずガラスとドアは完成です!!
君津文化ホールでリハーサル
明日はライブフォレスト2012出演。
リハーサルをやったんだけど、照明がすごいいっぱいあってムービングするやつもあった!
すげえ!!
明日が楽しみだぜ。
写真はドラムのカズヤからの視点。
自伝5
テレビゲームに夢中だった。
当時はファミコンが流行っていた。
くにおくんシリーズやドラゴンクエスト3、ファイナルファンタジー3のころだ。
発売日の前日から徹夜で並ぶほど人気があった。
俺はファミコンの本体は父親から買ってもらっていたけれど、当然玄関から先に入れないので
家でファミコンはできなかった。
唯一できる場所が友人の雄君の家だった。
学校から帰宅せず、そのまま雄君の家に毎日お邪魔した。
雄君家に15時について、
おつかいの指令が出る17時までが至福の時間だ。
毎日少しずつストーリーを進めて行くのだが、もちろん彼の進めるのを見ているのが基本だ。
雄君は優しかったから時折気にしてくれて俺のストーリーも進めさせてくれる。
でも一度彼の進めているストーリーを見ている訳だからあまり面白くはない。
それでも付き合ってくれた彼には感謝している。
毎日登下校ではゲームの話ばかりだった。
倒せなかったボス敵の話やゲームのアイテムの話。
どんどんリアルになっていくゲームについての方向性なんかも
子供ながらに議論していた。
そんな日が続いた半年後事件が起こる。
雄君「あのさ、いつもうちばっか来るけど、たまには山ちゃんちで遊びたいな。」
当然の意見。
しかしそれは不可能だった。
外の世界=汚れた世界、の母親が侵入者を二人も自宅のテレビ前まで招く筈がない。
しかし真相は語れないから、うちは汚れているから無理だと返すしかなかった。
そんな事を繰り返しているうちに雄君の母親も怒りだした。
「いつもうちばっかきてないでたまには山ちゃんちで遊びなさい。おやつだってタダじゃないんだよ!
なんで山ちゃんちは駄目なのか教えなさい!」
正論すぎて何も返せないから、ごめんなさいって何度も謝った。
そして雄君とは遊べなくなってしまった。
登下校は一緒だったが、雄君は他の友人の家によく遊びに行くようになり、俺は玄関生活に戻った。
すごく悲しかったし、友達を失った気がした。
俺のせいじゃないのにっていつも思った。
早く一人暮らしがしたいって思ったのが小学4年生。
自分の部屋を持って自分のベッドで寝て、好きな時に友人を呼んで好きなだけ遊ばせてあげたかった。
おやつだって用意するし、部屋を暖かくもする。そう俺はおつかいが得意だからなんでも買って来れるって思った。
人を喜ばせたかった。
きみんちいついけるの?って冷めた視線で見られるのは耐えられなかった。
母親の強迫神経症は日を追うごとに激しくなり、手が付けられなかった。
玄関の横にトイレがあったが、トイレにいくのも彼女の許可が必要で、好きな時にいけない。
何度もトイレと玄関の通路を掃除して道を作り完璧な状態にしないと俺はトイレに行く事ができない。
だからトイレに行きたいと言ってから1時間待ちが普通だった。
この頃から毎日夕方4時になるとお腹が痛くなるという地獄と向き合わなければならなかった。
自伝6につづく













