愛は「実感」 | 真の吾(まことのわれ)~本来の自分を生きる~
昨日の続きです。


世の中の本にはたくさんためになることは書いてあるけど

じゃあ、それってどうやったらいいの?

って思うことがたくさんあります。


自分を好きになりましょう。

自分を受け入れましょう。

考え方を変えましょう。

他人と過去は変えられない、変えられるのは自分だけ、だから自分を変えましょう。


言ってることはわかるんだけど

それができないから、困ってるんだよって思いませんか。

それができていれば、苦労しないよって。


簡単に「自分を変えましょう」って言っちゃえる方は

そもそも、根がポジティブな人。

そういう人が、人生がうまく進んでいないように見える人を見ると

「他人は変えられないのよ、変えられるのは自分だけ。」

って説教臭いことを言ってしまう。

んなことはわかってんだよ!って思います。



自分を変えたくても、変えられない人の辛さが分からない。

ポジティブだけど人の気持ちが分からない無神経な人ですね。



ということで、前置きがながくなっちゃいましたが、(というかほとんど愚痴ですが)

「自分を愛する」はどうしたらいいのか、と言うことについて書きます。


いろいろこれについて話せば長くなるのですが

ひとまず、日記で表現できることだと

自分に対して「考える」から「感じる」にシフトするっていうのが

大切かな、と思います。


自分がよくやるのは前にも紹介しましたが

「肯定瞑想」というワークです。


やることは簡単。

①座って眼を閉じて、

②手をハートの部分に置きます。

③自分のいいところや、嬉しかった思い出を思い浮かべます。

④そして・・・


「長所を書き出す」とか

「嬉しかった思い出を思い出す」とか

そういうワークは割と多くの本で書かれているのですが、

これだと、「考える」の域を出ていません。


「考える」と、左脳が働き「分析」が始まります。

「分析」が始まると他人との「比較」が始まります。

昔から、他人と比較するのは不幸の始まり、というように

他人と自分を比較すると、「自分はダメである」という結論に至りかねません。

なぜなら、いつだって他人は自分よりも素晴らしく、価値のある人間に思えてしまうからです。


ですので、自分について考えたり、分析するのではなくて

本当に大切なのは


④その時に体が感じる熱や温度、感情や気持ち

 体の中に流れる「何か」を「感じる」ことです。


「思い出す」ことは1割くらい。

あとの9割は感じること、に集中します。

手と胸の間の温度を感じます。

集中と言っても、頑張らないで

ただ、体の感覚や気持ちの温かさに身をゆだねるだけでいいのです。


実は僕たちが欲しい「愛」とは

この「あったかい感じの実感」に他なりません。

(愛にはたくさんの意味がありますが、それについてはまた後日)


愛の欠乏感がない人は

「両親に愛された」という事実を映画のスクリーンのように覚えているのではなくて

「両親に愛された」時に流れた、体の感覚と心の心地よさを覚えているのです。


逆のほうが分かりやすいかもしれませんね。

「先生に怒鳴られた」という事実を覚えているのではなくて

「先生に怒鳴られた」と時に体に流れた恐怖の感覚と、心で感じた脅えを覚えています。

そして社会に出た時に、会社の上司と先生をダブらせてみてしまって

必要以上に上司に委縮してしまったりします。

これを俗にトラウマと呼びます。



また話が脱線しましたが、この「心地よい感覚」を

自分にたくさん与えてあげる。


そうすると、心はだんだんと満たされていきます。


実はこのワーク

うまくできているか、できていないかを見分けるコツがありまして

うまくできている時は、人にやさしくなります。


私の経験談ですが、このワークをやった後、

お年寄りに席を譲ったりしたくなったり

いつもだったらやらないのに、

なぜか風で倒れた自転車を全部起き上がらせてみたり

落ちているごみを拾ってみたり。


なんとなく、優しい気分になって

それを実行に移したくなります。


これは自分が「満たされたから」です。


昨日も書きましたが、満たされてないと、何かを欲します。

満たされると、何かを与えたくなります。


ぜひ、自分を満たしてあげてください。


他にも自分を愛するための方法がいくつかありますが

また気が向いたら書くことにします。