東京に出る機会を得、たまたま、月曜日でも開館している新宿区立新宿歴史博物館を訪れることができた(ただし第2・第4月曜日は休館)。午前10時30分過ぎから12時過ぎまで、まずは同館の常設展、ついで現在開催中の標記特別展を見学した。ちなみに、常設展だけだと300円、特別展とのセット料金だと500円であった。これだけ観ることができて、非常にリーズナブルな料金設定である。
そこでまずは「江戸の水道 玉川上水」から感想をまとめる。この展覧会は令和6年度特別展として開催されているもので、一言で表せば、新宿区の郷土史のなかでも非常に特色のある題材を扱った展示になっている。古文書や絵図が中心で、木樋(今でいう水道管)や釣瓶、滑車などの出土品も色々出ていたが、見た目には大変地味な展示物である。しかし個人的には、まさに心が洗われるような展示であった。自分も昔はこんなことを展示でやれていたのに、今や大衆迎合型のキャッチ―でわかりやすい展示を仕方なくやっているという状況にあることを客観的に思い知らされたのである。
本来、歴史展示というのは、とくに郷土史の展示というのは、単に過去のことを知らせるだけに留まってはならない。過去に学んで現在の位置を確認し、そして今後、どういう未来を創造するのかについて、地域住民が何がしかのヒントを得られるような内容でなければならないのである。こういう展示を観ることができる環境が整っている新宿区民、いや広く東京都民は、誠に幸せだといわざるをえない。もちろん、こういう地味な内容なので、おそらく集客面で、数字的には稼げないだろうとは思う。しかし、世の中が全般的にチャラい方向にむかっているこの時代にあって、愚直に古文書を中心にした展示が成立しているということに、感動すら覚えたのであった。
玉川上水の水路全体を描いた、いわゆるルートマップ(江戸時代のもの)など、良い史料が出ていたが、それら実物をいろんな博物館などから借りつつ、写真パネルも有効に使い、強弱バランスの取れた展示が構成されていた。個人的には、とくに興味を抱いたのは、「淀橋水車爆発瓦版」である。水車による火薬製煉をする場所が爆発事故を起こしたときの刷り物で、自分の関心領域に近く、類例を知ることができてよかった。ただ一つ気になったのは、肖像写真が「乾板」とされていたが、正しくは「湿板(アンブロタイプ)」であろう。
常設展は、オーソドックスに原始時代から現代までを通観する構成となっていた。しかし、かといって、ありきたりな展示であるかというとそうでもなく、とくに、戦国時代から江戸時代あたりの展示は、これもまさに郷土史の展示で非常に勉強になった。個人的なことであるが、僕は学生時代に新宿区民だったにもかかわらず、この博物館には実は一度も行ったことがなかった。しかも、住んでいたのは四谷なのに、行っていなかったのである。若すぎて、大都会新宿にしか興味がなく、こういう郷土史にはほとんど関心がなかったのであろう。ともあれ、内藤新宿についておぼろげながら知ってはいても、構造的にはほとんど理解ができていなかったので、今回、大変勉強になった。近現代に入ると、やはり都市の発展と戦争が主題となり、どことなく江戸東京博物館の展示にかぶるとは思ったが、それでも新宿なので、魅力的な展示であることには違いない。
そして、実はこれを最初に見たので、順番が逆転してしまったが、博物館の見どころを案内するビデオもよくできていた。小学生くらいの姉弟が登場し、お姉ちゃんが弟に解説するという設定のつくりである。展示紹介をしつつ、郷土の歴史がわかるように丁寧にまとめられている。ただし、17分くらいあり、かなりじっくり見ることになるので、時間的に余裕がある人でないと観賞はむつかしいであろう。
僕は最近、「博物館と観光」をテーマとして、所属する明治維新史学会のニューズレターに拙文を書かせていただいたことがある。あまりに人集め(もっと露骨にいえば金稼ぎ)に力が入りすぎの博物館が増えてきたという文脈で、とくに自分の属する博物館を例に書かせていただいたが、それとはかなり縁遠い孤高のスタンスを、今後もぜひ新宿歴史博物館には取り続けていただきたいところである。最後に愚痴になるが、新宿区はおそらくほかで充分に潤っているので、博物館が人集めに頑張らなくても、やっていけるのだろう。実に羨ましい限りである。
11月17日(日)、東京龍馬会の第75回総会・講演会において「久坂玄瑞と坂本龍馬 萩での十日間」という講演をさせていただき、その翌日に新宿歴史博物館を訪ねたものである。また、千鳥ヶ淵戦没者墓苑にも行ったことがなかったので、初めてお参りしてきた。学生時代、そのそばを何度となく通っているのに、歴史を学ぶ人間として、実に赤面の至りである。