今日は楽しみの一つで、午前10時から約1時間ほど、保存修理の進んでいる伊藤博文旧宅を見学してきた。普段めったに見ることができない(家の中にもあがれない)ので、この機会を逃すわけにはいかない。
老朽化の進む家屋のうち、今回はとくに茅葺屋根のふきかえが見どころであった。職人さんの手際よい作業を間近に見れて、大満足である。説明によれば、職人さんは大分県から来られていて、茅は阿蘇から運ばれてきたものだそうだ。茅場で大事に育てられた、長さ2.5mほどの均整のとれた茅しか使えないそうである。だいたい6トン程度は使うらしいが、この重量でも、瓦屋根に比べたらずいぶんと軽いらしい。
また、家屋に使われた木材の傷みもかなり激しく、使えるものは使い、使えないものは取り換える、という方法で修理が行われている。
しかしよくよく考えてみると、歴史に「もし」は禁物であるが、もし伊藤博文(当時は林利助)がこの家に住むようにならなかったら、吉田松陰の主宰する松下村塾への入門、あるいは、松陰の前の久保五郎左衛門が主宰する松下村塾への入門は、なかったのかもしれない。もしそうだとすると、伊藤の人生はまったく違ったものになっていたかもしれず、人と人との出会いというものは本当に面白い。もちろん、伊藤は師と仰いだ来原良蔵からのすすめで松陰に入門したわけであるが、それにしても、どこに住むかでどれだけ人の人生が変わるか、考えるだけで興味がつきない。
前回の保存修理は昭和49年(1974)だったそうで、実に約50年ぶりのことだ。少々気が早いが、次にここを修理することになったら僕はもう、この世にいないだろうね(-_-;)
史跡 伊藤博文旧宅の保存修理工事が始まりました(令和2年12月分更新) - 萩市ホームページ (hagi.lg.jp)
●NHKニュース


