今日、知人から興味深い新聞記事を提供してもらった。それは「西日本新聞」11月30日付の切抜で、もとの記事は「北陸中日新聞」11月23日に載せられたものである。

 

戦国大名としてはとても知名度の高い前田利家ではあるが、慶長4年(1599)に没した、つまり徳川幕藩体制が成立する前にすでにこの世からいなくなっていた利家を、「藩主」と称するには歴史学的に間違っているというのがこの記事の主旨である。

 

そもそも「藩主」という表現自体、実は江戸時代にはほぼなかった用語で、近代以降に創り出された概念なのであるが、それはさておきである。

 

前田利家を「加賀藩の初代藩主」とするのは、僕も間違っていると思う。これもぎりぎりだとは思うが、「加賀前田家の祖」あるいは「藩祖」というところが精いっぱいであろう。

 

毛利輝元は、長州萩藩の成立当初、家督を継いだ長男秀就に代わり藩政をとりしきっていた時期があるので、よく誤解されるが、輝元も「藩主」ではなく、初代藩主は秀就である。しかし利家の場合は事情が異なり、明らかに「加賀藩」とは切れている。

 

この記事に情報を提供された地元の学芸員さんの気持ちがわかるような気がした。