昨日、ペリー提督の子孫に当たる方が来萩された。もちろんアメリカからだ。
 
僕は昨日、今日とペリー氏に親しく面会する機会を与えられた。ペリー来航前後の事象を勉強してきた身にとって、このうえない光栄である。
 
 
到着まもない昨日の午後、さっそく子孫が語るペリー提督像ということで講演会があった。元来、ペリー氏は生物学者ということで、科学的に、かつ非常にわかりやすく説明をされた。
 
来萩されたのはマシュー・カルブレイス・ペリー氏。嘉永6年(1853)に浦賀へ来航したペリー提督とまったく同じお名前をしていらっしゃることには驚いた。しかも、ペリー氏はペリー提督の兄レイモンド・ペリーから数えて5代目の子孫ということで、日本でいうところの直系ではない。けれども、ペリー提督へのこだわりが非常に強いということがわかった。
 
ちなみに、ペリー提督の長兄がエリー湖の戦いで有名なオリバー・ハザード・ペリー、次兄がペリー氏の先祖にあたるレイモンド・ペリー、3番目の兄をはさんで、4番目にペリー提督が位置するのだという。
 
第一部の講演では、海軍一族としてのペリー家、ペリー提督の航海日程、日米交渉の詳細とその成果、吉田松陰との関係などが紹介された。
 
 
そして第二部では、僕が加わって対談した。対談といっても、初対面の方との会話はなかなか難しいし、通訳があいだに入るのでトークショーのようにはうまくいかないだろう。また、あまり重箱の隅をつつくようなことをとりあげても、ペリー氏がお困りになるだろうということで、あらかじめいくつかの質問を用意しておいた。すると、ちょうどよい感じで、第一部であまり突っ込んで説明されることのなかった部分の再確認を行うような形になり、聴講者の皆さんもけっこう熱心に耳を傾けてくださった。
 
 
ちなみに、講演などのイベントとしては当館始まって以来の数字、なんと180名もの皆さんがこの講演会のために足を運んでくださったと聞いた。まことに感謝このうえない。
 
 
ともあれ、およそ160年の時をこえて、まさに時空をこえてペリー提督が萩に来たかのような錯覚を覚えた。今後、ペリー来航と松陰の関係を語るうえで、忘れ得ない機会となったことはいうまでもない。