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ペリーの黒船によるアメリカ密航に失敗した松陰は、萩の野山獄を経て、26歳の時にここに幽閉される。時に安政2年(1855)12月15日のことであった。

ここで松陰は、欧米列強が押し寄せる幕末の混乱期にあって、どうしたら日本の危機を救えるか、ひたすら模索し続けた。これぞまさに、松陰の哲学の間である。

そうして松陰のもとを、近所に住む少年たちが続々と訪れることになる。松陰の松下村塾は、事実上、ここからはじまったのである。