心身如実。
しつこいほど書きますが、心と体を別個に考えると遠回りします。体そっちのけで、心や精神だけをどうにかしようとしたり。逆も、同じです。大きな視野と、バランスの認識をお持ち頂ければと思います。前述のブログの方では有りませんが、体調一つで、感情は異なり、感情の持ちようで体調は異なります。体調が悪ければ、感情がコントロール不能になり、衝動的な行動も起しやすくなるでしょう。良い事象も、目に付かなくなると思います。今日は、つくばマラソンメンテナンスの方とも話しました。そろそろですね。で、ストレスで故障は増えますか?と聞かれました。もちろん。なんですね。ストレス。我慢。緊張。60兆個の細胞全体が緊張します。精神と肉体、臓器を別個に考えないほうが理想的です。ストレスでホルモンの出方も変わりますし、消化器官も影響を受ける事は現代医学でも周知の事実です。血管は体内の深い部分にもぐり、筋肉はこわばり、内臓も停滞し、自律神経は交感神経優位になり、関節は固まります。ひどければ、手足は冷えてるのに、手足から汗が出ることでしょう・・・。どっかで聞いた事有りますよね・・・。簡単な話、思考と肉体は、同じ流れを組みます。これも、佐々木先生的に頭の中の話なので難しいのですが、自分的に、満足?癒し?愛?平和?喜び?とかそんな感じの体はゆるゆるなんです。逆に、我慢、忍耐、努力、絶対、100%、完全、完璧。これらを忠実にこなせば、交感神経優位がいつまでも続き、可緊張と言う事になります。そもそも、ハッピーマックスのこういう方が患者さんで来られる確立は少ないのであまり参考にはなりませんが、強気で、自信満々の笑顔も眩しいトップ選手の体を触らせて頂くと、まるで子供の体のようで、あっはっーーー。柔らかいーー。と思ったりします。後、まんま子供はやわらかですかね。逆に最近若い子でも、ストレス穴がカチカチだったりするのでおじさんは心配です。まあまあ、思考と体を別に考えるのが西洋医学です。で、少なくても、海陽堂では、心身に相互関係が有ります。むしろ、一緒です。で、大事なのはメリハリ、バランスです。交感神経と、副交感神経、これ双方大事な役割が有ります。癒し、修復は、副交感神経です。やる時は、やるのが交感神経です。陰陽双方を内包し、バランスを保ち、それが光から影、影から光へ変動し、それが、日内変動し、季節や、年、一生で変動を続けます。精神と肉体のバランス感覚も大切です。なので、ただの根性論は破滅的なんです。修復させないで、鍛え続けるのは、やる時に壊れる確立が高い事になります。今の時代?レベルの差?仕事でも、運動でも、なんでも、一番大事なのは「質」です。プロ選手の練習量は実に短いです。一日、2時間。3時間。多くても6時間程度だと思います。ホルモンのゴールデンタイムを使うので早寝早起き。ちなみに、役職系の方やエリート大学でも、早朝方のほうが質が高い事はご存知かと思います。夜型の患者さんが、朝早く学校や職場に行くと、なるほど!と言う方が多かったなどと気が付かれます。2兆1千億円の借金を4年で完済したゴーン社長。自分は、数百万円の借金ですらヒーヒー言ってます。朝、誰よりも早く出社し重要事項のチェックと判断。夜8時までには全ての仕事を終え帰宅。もっとも大切にするのは家族との時間。これが、質の探求だと思います。アスリートは、超回復を考えるので、毎日は追い込みません。でも、毎日やる人以上に3日目の追い込みは、きつい物です。で、更に上ともなれば?精神衛生も心がけているのでは?率先して、家族愛、楽、楽しみ、喜び、を、チョイスします。簡単な話、ココ最近良く使う、余裕が増えれば、自分の身の回りの方にも色々と心配りが出来。自分の勝負時にしっかりサポートされる事だと思います。逆の方を説明しておきます。この方がわかりやすいかもしれません。練習量が物を言う!と言うことで、毎日のように長時間、気絶するまで追い込み。何処かが故障するまで追い込み。そこまで追い込む自分にホレボレして。睡眠時間は短く。遅寝遅起き。人前、仕事では必要以上に、我慢我慢、努力努力。夜は夜で、深夜をまたぎ、朝は遅く、ぎりぎりもうダッシュ!!我慢と急ぐ気持ちで、ストレスを貯めてる方は、ついつい、ゆとりが無く、変な人と波長があい、イライラ、悶悶、人とぶつかり、我慢我慢。我慢する事が大人と言聞かせ、外では良い顔出来るけど、お家に帰ったら、一番大切にすべき家族に当り散らし。身近の人に、あれして、これして、甘えてばかりで、家族に依存する。そんな日々では、心身は満たされず。お先真っ暗です。と言うことで抜け出す方法は実に簡単、視野の広さとバランス感覚と、質を探求する事です。昔の職場で、健全な精神は健全な肉体にやどる。標語が有りました。この言葉は、健全な肉体を持たない私にとっては嫌な言葉だったのですが、この言葉の本質は、健全な精神のために健全な肉体を心がけるべきであると言う意味の言葉だそうです。