妄想・空想の世界を操る オナニストしんごです。
先日アイアムサムを観てグレートフルデッドベアを我が子のように可愛がっています。

リスペクトする君子の下で、義兄弟の契りを結んだつもりのけい兄と(勝手に思っている)2年半、タイトルのように僕なりに頑張ってきたつもりです しかし 最近 妙にやる気が出ない



なぜだ



この業界の潮時が間近だからか

マルサが家を荒らして帰ったからか

君子への不信感からか

自分自身が無理をしていることに気付いたからか

これからのビジョンが見えて来ないからか

もしくはこの事柄にフォーカスを向けすぎているだけなのだろうか



経験、知識、商才、なに一つ満足に持ち合わせていないが 筋というものは分かる。俺にストイックさが足りないのか
商売とはそういうモノなのか
ならばヤッテヤルょ








我が君子は俺の初心の頃とは だいぶ変わった 色んな意味で 良いように悪いように 見たくない部分も見えた いっぱい


そこを変えることは出来なかったのか


今の僕に映っている君子は初心の頃の君子ではない リスペクト出来ない部分がある


俺の初心は、自分の都合のイイように完璧な人間を勝手に妄想していたのかもしれない



オナニスト万歳





誰か、俺のオムツを取ってくれ!! 自分で取る勇気 ないから
中・高と、テストの後には『訂正ノート』が決まり事

間違えた所を再確認しながら答え合わせをし、自分が分かりやすいように 見直せるように まとめなさい。
と 言われ続けていました
そして期限までに訂正ノートを仕上げ提出

点数なり評定を付けて返ってくる

ん?なにに対しての評価?俺が分かりやすく訂正したって先生に分かりにくけりゃ低い評価ですか?
なんのための訂正? 先生の顔色で訂正ノートを作れば通知表は満点?

私のお墨付きノートでいいじゃん

適当なノートか しっかりしたノート か というのも 主観的に見れば 同じ内容であっても 優等生なら評定はA アングラーなら評定はC
客観的 第三者からでないと 評定 評価は付けれないと思う




とイップリ爆発して居る時に 恩師が教えてくれました 『直子』が

学校とは 矛盾や不公平 無駄なことを学ぶ 我慢を学ぶところだと

それでもイップリでした



今だから理解出来ます。


『直子』が僕に説教した後 いつも言う 一言が 『自分』

自分か…












しょうもない人間だ
義理・仁義
人に へつらう 媚びる ことにおいて 生まれるモノなのか
ただ首輪に繋がれるだけなのか 果たして その首輪は いつ取り放されるか
一生 繋がれたままになるのか 繋がっていた方がラクな人生を過せる気がする


へつらい 媚びる人間には義理も仁義も無いとも思う

俺には いろんな 色の いろんな 太さの首輪が既に繋がっている
これからの人生に この首輪が どう変貌するか
邪魔なら切ればいい
切ってもいい?
でも 俺は、はるな愛を愛することは出来ない