Rally mongolia2018に参戦し無事完走させていただきました。


子供の頃から憧憬を抱くクロスカントリーラリー。そのラリーも時代と共に姿を変え南米に舞台を移したダカールラリーは競技志向が強くなる一方、リゾートホテルをビバークとするエレガントなラリーも多く、概ね二極化が進んでいるように思われます。

でも、僕が憧憬を抱くのはやはりかつての「パリダカ」。どんな苦難が襲いかかってきても持てる知恵と体力を振り絞り、一心にダカールを目指す。屈強な人々が繰り広げる冒険ドラマ。ラリーモンゴリアへの出場を決めたのはかつてのパリダカを偲ばせる数少ないクロスカントリーラリーだからです。

「ハルヌールに行こう!」

今年は世界一美しい湖、ハルヌールを目指し、ゴビの大草原と山岳地帯、そして砂丘や大河を渡る8日間4000kmの大冒険という壮大な設定。コースありきではなく、目的地ありきのラリーってほんと素敵。


西の遥か彼方で砂丘に囲まれた蒼い湖を目にした時は感動して鳥肌が立ちました。

来年はどこを目指すのだろうか!? 
いまから12月の発表が待ち遠しくてなりません。

暖かいサポートと快くスタートに立たせてくれた、会社の仲間、友人、家族に心から感謝します。そしてラリーモンゴリア2019年のスタートに向け今日から一歩を踏み出します。来年もよろしくお願いいたします。





さて、ここからは珍道中のお話。

ラリーモンゴリアに挑戦するにあたり、自分にいくつかのテーマを課しました。近年のラリーはライダーは走る事に専念し、メンテナンスは全てメカニックに任せるのがトレンドになっています。つまりライダーは油で手を汚すこともなく、メカスキルを問われる事もほとんどありません。

しかし僕が憧れるのはかつてのパリダカ。数々の苦難を創意工夫と熱意で乗り切る大冒険がやりたいのです。だから3年の準備期間はタイヤ交換から始まりマシン製作までメカに多くの時間を費やしました。MOTO WORKS 麻生監督の家に泊まり込み大晦日も元旦もなく基礎からメカニックのいろはを教わりました。(飲み込みは遅いし店を占拠するし、たくさん迷惑かけたけど今後も遠慮無しに押し掛けます!)

そしてスタート。

1年前にの今頃、Husqvarna FE450をオーダーすると共に、仕事の密度を高くしました。やはりラリーは総合力だから、速いだけではなく、ナビゲーションやステージレースならではのマネジメントが問われる以前に、時間と予算を捻出するタスクが課せられます。そして周囲の理解も。

お陰で仕事が忙しくなりすぎて、秋に入荷した450と会えたのは年の暮れになってしまいました。船積まで6ヶ月。ラリーの1年はあまりにも早く流れていきます。


未完のままモンゴルに送った450。車検時にバタバタしたこともありターミナルを外し忘れていていきなりバッテリー死亡から始まり、アイドリング充電後給油に向かう途中にガス欠というハプニング。加えてサブライトは点灯せずハイビームもダメ(ETAP1で脱落)。出だしから絶対に明るいうちの帰還が必須となり、バッテリーに負担をかけるような事はできない状況に陥りました。


ラリーモンゴリアのデフォルトは280kmのSS(競技区間)2本とリエゾン(移動区間)で構成されます。

SSは集中しているのであっと言う間に終わりますが、リエゾンはやはり辛いもの。今年は初日から300km、ETAP2には450kmオーバーのリエゾン。雨と寒さも相まってジリジリと気力と体力が削られていくのがわかります。

初日のSSはテクニカルなエンデューロコースのような設定。それに豪雨が大地に無数のクラックを作り出し一発リタイアもあり得るヤバい香りがしていました。

でも3年計画の1年目はとにかく無転倒完走。スタート前に山田さんが言った「ノーホスピタル」に加え小栗大先輩に「無転倒よ!」と散々念を押されたし、かつて菅原さんに「初日はビリ取りなさい」と言われた事を思いだせたこともあり意外と冷静にクリアできたように思います。


ETAP1はMOTO部門日本人3位。シリーズチャンピオンの泉本選手、前チャンピオンで6回目の出場となる尾島選手との差は約5分。

ここで魔が差ストレスいうか邪な気持ちが。

「これだけ丁寧に走って5分差!?」
「行けるんちゃうん?」

初日だから泉本アニキもオッジー先輩も抑えてるなんてことは全く考えなかった単細胞さは何とかしたいものです。

そしてここからは筋書き通り。ETAP2ではCP手前でトップスピードで劣るオッジー先輩を交わしトップグループに食らいつき。そしてクラッシュ。3日目はハルヌールの砂丘てガスタンクサイズの穴に落下。思わずルパンの声がでました。

とどめはETAP5での二度の水没。ほんとお馬鹿です。


写真はETAP5のSS2スタート直後、一度目の水没ですが、何も考えずにドイツ人選手と同じラインに突っ込んでの結果。このケビンはKTM東アジアのマネージャーで筋金入りのハードエンデューロライダー。よく考えなくても彼が行ける=自分が行ける訳がない事は明白なのに・・・

この水没復旧は思いの外時間を要しました。プラグとマフラーを外し復旧するもエンジンはかからず。作業している時にフュエルホースに泥が詰まるし弱っていたバッテリーはダメになるし。結局、燃料に余裕がない状況でタンク内の水を十分に抜いていなかったことが原因でしたが、インジェクターが詰まった?とかフュエルポンプ?とかバッテリー突然死?とか様々な疑念が出て来て単純な作業を疎かにしてしまっていました。

何度も丘に押して上がり、押し掛けを繰り返してる間に、日は大きく傾き体力も気力も限界になりました。時間は16時。3時間ほど格闘したところでM1(メディカルカー)のムッホが到着。


諦めモードでマフラーを泥にぶっ指し記念撮影とかしてる僕に「杉ちゃん、もう一回タンクの水抜いて!大内田さんはそれで復帰したよ!」と。

給油に戻り2回オイルを交換して再スタートを切ったのが17時。リタイアしなくって良かった。嬉しくて「うぉー!」と叫びながら走りました。途中来年は必ず自分の足で確認してから渡ろう。二度と水没はしないと心に決めました。


56km地点。写真はETAP7のものですがこの倍以上の川幅で二度目の水没。

既にラリーの群れは過ぎ去り、渡川ラインを教えてくれる地元民もおらず。仕方ないので心に決めた通り一度自分の足で川を渡りラインを確認しました。でも川幅が広すぎて実際に渡り始めると確認したラインがわからなくなり、躊躇してるうちに下流方向にラインがずれていってしまい・・・

ドボン。

股あたりまでの深みにはまった瞬間、強い水流にバイクを持っていかれ、自分も流されてしまいました。腰になった頃には完全にバイクは水に沈み、すごい勢いで流されていきます。懸命に支えようとすればするほど、浮力を得たバイクは流されます。

「サヨラナ」

このままだと自分が溺れると、バイクから手を離してお別れをしました。バイクはハンドルの先がチラチラ見える状態で流されて行きました。涙がでました。でも完全に息が上がった状態で自分が岸に辿り着くだけで精一杯と言うのが正直なところ。バイクの行く先を確認することもできず何とか中州に辿り着きました。


流れゆくバイクを二人の地元民が引き上げてくれました。対岸からチームFA-coatのメカニックの高杉さん、千葉さん、そしてこの日マシントラブルで出走しなかったハマーが駆け寄ってきてくれました。

深夜のゴビ。
ライトが届く範囲だけの世界。
ずぶ濡れ&極寒。
体力も気力もとっくに電池切れ。
CPの閉鎖時間はとっくに過ぎている。
絶望的な距離。
独りぼっち。


諦めなくて良かった。

残りのレースは来年の糧になるよう、ピストの流れや路面状況、ナビゲーションの確認をしながら有意に過ごすことができました。景色も今年のうちに堪能しときました。

来年はたぶんもっとクレバーなレースができるはず!?課題は満載だけど来年はネタ無しで頑張りたいと思います。


グランドゴールに向かうリエゾンでの羊さんとの衝突の詳細は割愛します。やはり家畜とは言え命を奪ってしまった事に、自分の体やバイクのダメージ以上に心が痛みます。

一つ、羊は不規則な動きをしますので今後走られる方は注意してください。特に何台か並んで走っていると羊が先行車両に驚いてフェイントかけたりします。


遊牧民に謝罪し、お詫びを支払った時に「ちゃんと食べて天国に送るよ」みたいな事を言われたのが心の救いです。


100km以上のスピードで正面衝突したにも関わらず打撲ですんだのは、しっかりとしたプロテクターとヘルメットのお陰です。この経験とモータスポーツに取り組む者の端くれとして、今後は安全装備の重要性についてしっかり啓蒙していこうと思います。