「ビスケットのカケラ」
僕らが手に手を取り合って駆け落ちしたとき、文字通りその日食うメシのアテすら無い状況だった。それでも僕らの胸は希望に溢れていたし、まさに夢で腹が膨れると言ったところだった。
しかしそんな状況も長くは続かなかった。世間知らずだった僕らはどうやってその日必要な食料などを手に入れればいいのかすら分からなかったのだ。自分たちがどれだけ親の庇護のもとにあったのかということを、まざまざと思い知らされた。
両親のもとを飛び出してどれぐらい経った頃だろう。ついに僕らは命の危機に瀕するほどの飢餓に苦しむことになった。彼女はもう動くことすら出来無かった。
「あなただけでもお父さんとお母さんのところに帰るがいいわ」
彼女は精一杯の微笑みを浮かべながら僕にそう言ったが、彼女と一緒になれないのなら僕は死を選ぶつもりだった。
ついに僕は見知らぬ人の家にふらりと彷徨い込んだ。もはや食べ物の事しか考えられなかった。薄暗い廊下の先にビスケットのカケラが落ちているのが見えた。僕は脇目も降らずに足を引きずり引きずりそちらに向かっていき、ビスケットのカケラに飛びついた。が、そのとき、足に恐ろしい衝撃を受けて僕は叫び声を上げた。誰かに強く打ち据えられたらしい。家主が帰って来たのだろう。しかし僕はそのビスケットのカケラを離さなかった。お腹を空かせた彼女が待っているのだ。どんなものであれ食料を持って帰らなければ。もう一度彼女の本当の笑顔を見るまでは死ねない。薄れゆく意識の中僕はそう考えていた。
翌朝ある家のキッチンの隅で、一匹のネズミが罠にかかって死んでいた。餌のビスケットを食べた様子が無かったが、それでもどこか安らかな顔をして。