「悲劇」
 
 全ての物事が潜在的に悲劇を内包しているのならば、あえて悲劇を語ろうとすることこそ本当の喜劇なのかも知れなかった。
「あなた自身のことについて話してみて欲しいの」
 そんな彼女の言葉に僕が黙り込んでしまうと、彼女は僕の顔をじっと覗き込むように眺めた。
「話したくないの?」
「いや、そういうわけじゃないんだ」
 僕は自分自身の生い立ちについて語るうちに、僕自身の本質から離れていってしまうことを恐れたのだった。なぜなら僕自身のことについて語ろうとすればどうしても悲観的にならざるを得ないし、それは結論として滑稽な人生であると彼女に知られることが嫌だったのだ。
「少しずつでいいの」
 彼女はそう言って僕の手に自分の手を重ねた。
「あなたのことが知りたいわ」
 そんな彼女の言葉で舞台にスポットライトが灯るのを感じた。やがて僕はしずかに語り始めた。それが悲劇であれ喜劇であれ、紛れもなく僕自身の物語を。僕だけの言葉で。